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脳梗塞の半側空間無視とリハビリ
脳梗塞などによる半側空間無視は、比較的多い高次脳機能障害の一つです。
半側空間無視は、Unilateral Spatial Neglectの英語表記の頭文字をとってUSNと呼ばれることがあります。
半側空間無視は、「さまざまな刺激に対する反応や行動に際し、要素的な感覚、運動障害を持たないのに、大脳病巣の反対側に与えられた刺激に気づかず反応しない」ことと定義づけられます。
つまり、目をはじめとする感覚器官などに問題が無いのに、大脳病巣と反対側即ち麻痺側の刺激に反応できない状態を指します。
この症状は、かなり多くの患者さんに見られます。
大半が、左片麻痺を伴うような方々ですが、稀に右片麻痺にも見られる場合があります。
実は、半側空間無視のことを敢えて半側視空間無視と呼ぶ場合もあります。
それは、様々な感覚の中で視覚における無視症状が最も目立つからでしょう。
しかし、前述の定義からして分かるように、半側無視の症状は視覚に限らず様々な感覚で認められます。
脳梗塞の半側空間無視と半盲の鑑別
半側空間無視の症状が視覚に目立つ理由の一つに、同名半盲を合併する頻度が高いということが挙げられます。
同名半盲とは、両側の目において同じ側が見えなくなることです。
同名半盲の有無を確認するには、簡単な視野検査を行います。
視野検査にて同名半盲の有無を確認することにより、現在見られている無視症状の中に同名半盲の影響が含まれているかどうか見ます。
可能性としては、同名半盲を伴う半側空間無視もあれば、伴わない半側空間無視もあります。
又、半側空間無視を伴わない同名半盲の場合もあります。
同名半盲のみの場合は、一見、半側空間無視があるように見えても次第に代償できるようになります。
例えば、左空間に無視がある場合でも、頭を左に少し回すことで視野が狭いことを補うことができるようになるのです。
このような場合は、最終的には日常生活への影響は少なくなります。
脳梗塞などの半側空間無視の二つの説
脳梗塞などによる半側空間無視には、古くから多くの学説がありました。
今回は、代表的な二つの説に触れたいと思います。
注意障害説
注意障害説とは、半側空間無視は注意を左方へ向けられないという学説です。
具体的には、二つの検査法の結果により説明できます。
一つ目は、線分二等分線という検査です。
上の写真のように、机の上に横線を描いた紙を提示して、その横線の半分の位置に印をつけるというものです。
これに対する半側空間無視の患者さんの反応は、印が真ん中よりも右へ偏位するというものです。
長さの異なる複数の横線を提示しても、結果は全て同じとなります。
このことから、半側空間無視では左側への注意が不足していることが分かります。
二つ目の検査は、線分抹消試験と言います。
線分二等分線と同じように、机の上に紙をおいて行います。
今度は、短めの線がランダムに沢山書かれています。
それを全て探して見つけたら、チェックを入れて下さいと指示します。
それに対する典型的な半側空間無視の患者さんの反応は、先ず、右側から探索を始めて徐々に左側への移行してゆくというものです。
そして、真ん中からある程度、左半分のエリアに入ると探索が出来なくなります。
重症度にもよりますが、左半分が全く探索できないケースもあれば、ごく一部だけできないケースもあります。
軽度の場合でも、左手前は見落としが見られやすいです。
このように、左半側空間無視では、左方への注意が不足するということが注意障害説です。
表象障害説
次の学説は、表象障害説といいます。
これについては、ある有名なエピソードをご紹介します。
1978年の報告です。
ある、イタリアのミラノの画家が脳卒中に罹り、半側空間無視の症状が現れました。
患者さんにとって馴染のある風景である、大聖堂の絵を思い出して描いてもらったそうです。
そうすると、左側が欠如しました。
次には、実際に写生を行ってもらいました。
正面から大聖堂を写生した場合も、思い出した時と同じように左側が欠如したそうです。
さらには、今度は裏側に回って同じ大聖堂を写生しました。
その際にも、同じく左半分が欠けていたそうです。
正面から見た時は、右側に見てきちんと描けていた側が、反対から見て左側になった途端に無視をしてしまったということです。
本人にとっては、見慣れた風景であり一度描けていたものが、左空間に切り替わった瞬間にまるで見えていないかのような描き方をしたのです。
これは、つまり脳の中にイメージ(表象)した地図を描くときに、常に左側が欠けるという考え方です。
非常に興味深い現象でありますが、説明するのは難しいですね。
いづれにせよ、表象障害説の立場では、単に視覚的に左側の対象が消去されるのではなく、脳内のイメージとして左半分が欠けるということになります。
注意障害説も表象障害説も、現在も有力な学説です。
医療関係者やリハビリ関係者は、この二つの学説を頭にいれて半側空間無視への対応を考える必要があるのです。
脳梗塞半側空間無視に伴う多彩な症状
ここまで、脳梗塞などによる半側空間無視についてご説明してきました。
半側空間無視は、高次脳機能障害である失認の一つです。
実は、リハビリ現場においては、この半側空間無視の患者さんは他にもいくつかの症状を伴う事があります。
勿論、運動機能障害などはなく、純粋な半側空間無視だけが目立つ症例もおられるのでしょう。
しかし、回復期リハビリテーション病棟などへ転院される方の多くは、運動麻痺や他の高次脳機能障害を伴うケースは多いものです。
では、どのような症状があり得るのかをご説明します。
左片麻痺
左片麻痺は、多くに見られます。
運動麻痺の程度は、軽度から重度まで様々です。
運動麻痺が重度であっても、半側空間無視は軽度の場合もあります。
逆に運動麻痺が軽度でも、半側無視はそれなりに重度という場合もあります。
プッシャー症候群
右脳半球障害で半側空間無視になった方には、プッシャー症候群という症状を併せ持つことがあります。
プッシャーとは、日本語では「押す人」という意味です。
一体、どのような症状でしょうか?
これは、健側である右上下肢で身体を麻痺側に強く押すような現象です。
座っていても、立っていても認められます。
一般的に、片麻痺では身体の重心を非麻痺側である健側に寄せる傾向があります。
これにより、無意識的に筋力やバランスに劣る麻痺側に転倒することを避けるように反応しています。
しかし、このプッシャー症候群においては、反対に麻痺側に身体を押し出します。
プッシャー症候群により、転倒などの危険性が増えることは言うまでもありません。
非常に不思議な現象ですが、多くの半側空間無視の患者さんに見られます。
着衣障害
上着の着衣の障害も、多くの半側空間無視の患者さんにに伴いやすいです。
通常、衣服の着脱などの日常生活動作は、身体機能の回復に大きく左右されます。
しかし、半側空間無視の患者さんにおいては、必ずしもそうは言えません。
前述のプッシャー症候群の程度によっても大きく左右されます。
また、上着の着衣については、特に難しい場合があります。
こちらで、失行の一つとして着衣失行についてご説明をしました。
半側空間無視でも、それと似た症状が見られます。
衣服の前後左右や裏表を間違えたり、麻痺側である左の袖を通すことができない場合があります。
これは、左片麻痺の影響もありますので、高次脳機能障害だけが問題ではないと思われます。
しかし、同じ程度の運動麻痺や姿勢保持の能力であっても、半側空間無視が有るか無いかで、この着衣障害の状態は大きく左右されます。
一般に、どんなに運動麻痺が重度であっても、座位保持が安定している患者さんにおいては、大半は上着の着衣が可能となります(認知症が重度の場合を除く)。
それに対して、半側空間無視がある場合は、運動麻痺はかなり回復しているような方でも着衣障害が見られます。
地誌的見当識障害(的状態)
高次脳機能障害においては、道に迷って迷子になってしまうような症状も見られます。
こちらも、認知症の方との鑑別が難しいのですが、一応認知症がほぼ無いことを想定してお話します。
このような、道に迷って目的にたどり着けないような状況を地誌的見当識障害と呼びます。
実は、この地誌的見当識障害は、医学的な定義上は半側空間無視は除外されています。
しかし、左空間を無視して認知できないことにより、多くの半側空間無視の患者さんに道に迷うような症状が見られのは事実です。
これは、明らかに左空間の見落としにより生じる状況です。
つまり、「左角を曲がれない」、「左側のある自室の前を通りすぎる」などが主な問題です。
病棟などでも、いつも右にばかり曲がってしまい、いつまでもぐるぐるフロアを周回しているようなことがあります。
これについては、ある程度慣れによっても改善します。
また、半側空間無視の改善と共に目立たなくなることも多いと思います。
以上、半側空間無視に伴いやすい運動機能や高次脳機能の障害についてご説明しました。
ただ、全てが合併する方もいれば、部分的に合併する方もいます。
また、重症度も人それぞれです。
そのため、リハビリアプローチにおいては、各自の問題の把握が重要となります。
脳梗塞半側空間無視のリハビリ
脳梗塞などによる他の高次脳機能障害と同じように、半側空間無視においても決め手となるようなリハビリ方法は少ないかもしれません。
近年、有名なものの中にプリズムグラス訓練があります。
これは、視野が強制的に右に偏位するプリズムグラスを装着して指差し訓練などを行うものです。
そして、それにより半側空間無視が軽減するというものです。
私は、未だ使用した経験がありませんが、一定の効果はあると言われています。
他にも、理学療法や作業療法などの中で運動と共に無視する側の空間を意識させるような練習が行われます。
運動と空間認知の関係については、一見関連が少ないと思われるかもしれません。
しかし、リハビリの現場では、運動機能の改善と半側空間無視の軽減には関連があることが知られています。
半側空間無視の空間とは、視覚空間のことだけではありません。
手脚などの身体も、広い意味では空間と言えます。
身体をしっかりと動かすことにより、身体内部からの感覚はより明確に感じられます。
このような感覚を固有受容感覚と呼びます。
身体を動かすことは、固有受容感覚を刺激して身体への無視傾向を緩和する可能性があります。
さらに、身体内部からの感覚を通じて、視空間的無視への代償が容易となるケースは存在するのです。
このように、半側空間無視へのリハビリとは、机の前に座って視覚を中心にトレーニングを行う事だけではなく、
身体へのリハビリを通じて、代償を促す側面もあります。
つまり、様々は身体機能訓練や日常生活動作訓練なども広い意味で半側空間無視へのアプローチと言えるのです。
脳梗塞の半側空間無視へのリハビリのまとめ
脳梗塞の半側空間無視とリハビリのまとめ
脳梗塞などによる半側空間無視は、比較的多い高次脳機能障害の一つです。
半側空間無視は、視覚などの様々な感覚において無視傾向が見られます。
脳梗塞の半側空間無視と半盲の鑑別
半側空間無視の症状が視覚に目立つ理由の一つに、同名半盲を合併する頻度が高いということが挙げられます。
同名半盲の有無を確認するには、簡単な視野検査を行います。
脳梗塞などの半側空間無視の二つの説
半側空間無視には、古くから多くの学説がありました。
今回は、代表的な二つの説に触れたいと思います。
半脳梗塞半側空間無視に伴う多彩な症状のまとめ
半側空間無視は、高次脳機能障害である失認の一つですが、
実は、リハビリ現場においては、この半側空間無視の患者さんは他にもいくつかの症状を伴う事があります。
脳梗塞半側空間無視のリハビリのまとめ
半側空間無視において、近年、有名なものの中にプリズムグラス訓練があります。
他にも、理学療法や作業療法などの中で運動と共に無視する側の空間を意識させるような練習が行われます。