目次
片麻痺リハビリの上肢プログラムとは
我が国のエビデンス
今回は、片麻痺リハビリにおける上肢プログラムについて、私の考え方をお示ししたいと思います。
脳梗塞などにより片麻痺になると、上肢や下肢に麻痺が生じる可能性があります。
そして、それを改善するためにリハビリが必要となります。
リハビリに限らず、現代医療ではエビデンスという言葉が重視されます。
Evidence Based Medicine(EBM)のエビデンスです。
エビデンスとは、根拠という意味なので、EBMとは根拠に基づいた医療ということになります。
では、片麻痺の上肢リハビリプログラムについては、そのエビデンスはどのように考えられているのでしょうか?
上肢機能障害に対するリハビリテーションのエビデンス
脳卒中治療ガイドライン2015より
図は、このブログでも度々ご紹介しているものです。
これは、我が国の脳卒中治療ガイドラインの中の片麻痺の上肢リハビリプログラムについてです。
治療ガイドラインとは、病院などで医師が治療方針として参考にするものです。
赤で下線を引いた箇所は、特に推奨度が高いものです。
麻痺側上肢の強制使用や電気刺激などが挙げられています。
電気刺激については、以下のコラムでもご紹介しています。
よろしければ、ご参照ください。
このように、昨今はリハビリ医療においてもエビデンスが重要視されています。
たしかに、エビデンスは大事です。
しかし、エビデンスの扱いには注意すべき点もあることを忘れてはいけません。
エビデンスが全てではない
エビデンスの扱いに注意すべき点とは、エビデンスが全てではないということです。
この件について、大変参考になる記事をネットで見つけました。
以下、その記事を引用して解説したいと思います。
山下歯科HPより
エビデンスの問題点・限界について
それは、研究者や研究機関によるバイアスが存在するということです。
しばしば、EBMの元となる研究論文の信頼性についての問題点が指摘されています。
多くの研究者は、大学や研究機関などに所属しています。
当然、その中では利害関係が存在します。
大学の研究者であれば、インパクトのある論文を発表することは出世と結びつきます。
研究機関の研究者であれば、所属期間の利益に沿う報告が求められます。
分かりやすい例として、製薬会社があります。
一つの薬が承認されることは、診療報酬の関係からして莫大なお金が動くことを意味します。
それにより、製薬会社は大きな利益を受けることになります。
大学の研究者であっても、製薬会社の研究者であっても、自分や所属機関の利益を無視するような研究はできないという現状があります。
また、研究対象にしにくい分野もあることも事実です。
例えば、片麻痺の下肢の装具が挙げられます。
装具の有無により、歩行の可否が明らかに変わることはしばしばあります。
それは、言わば当然のこととも言えます。
このような、当たり前のことは、研究テーマにはなり難いものです。
装具については、新しい技術や素材の進化などは報告に値するでしょう。
しかし、装具の有無による歩行自立度の変化などについては、当たり前すぎて研究対象にならない面があります。
さらに言えば、エビデンスの蓄積とは過去の知見の蓄積ということです。
それは、つまりは、未来の予想にはならないということです。
そのため、エビデンスにこだわり過ぎることは、未来に向けての発展にはディメリットになることもあります。
このように、エビデンスには問題点や限界があります。
エビデンスの構築のために採用される論文は、集団研究が中心となります。
集団が大きいほど、普遍性が高いとされるからです。
たしかに、それは科学的なことかもしれません。
しかし、集団に言えることが必ずしも個人に言えるとは限らないのです。
仮にエビデンスが低くても、ある個人には効果的なものも存在するのです。
下肢よりも上肢は改善しないは本当か?
エビデンスに基づくと、上肢は下肢よりも回復の終了が早いということになります。
三好正堂 「経験則を見直そうー臨床に役立つ予後予測の基本知識」より
JOURNAL OF CLINICAL REHABILITATION Vol.10 No.4 2001.4
図は、有名な論文で、現在も定説として認識されている上肢の回復のエビデンスです。
これによると、上肢の回復はほぼ発症から11週までで終了するということになります。
少し、古い論文ですので、現在では別の意見を主張する論文も存在します。
しかし、我が国の一般的な医療機関などでは、図の内容が上肢回復の最終予後であると認識されていることもまだまだ多いことが現状です。
ただ、これは、歩行の回復が6ヶ月まで続くとされていることと比較すると随分と短い期間に思えます。
一方、海外論文では、慢性期で上肢改善を報告したものは多数見られます。
それどころか、慢性期でのリハビリによる上肢の改善は、先進的な研究であるとさえ考えられています。
この点を考えると、必ずしも上肢が下肢よりも改善しないとは言えません。
いずれにしても、あまりにエビデンスを重視しすぎることには危険性もあることを考慮すべだと考えます。
久留米脳リハサービス式片麻痺上肢プログラム
以下は、私達、久留米脳梗塞リハビリサービス式の片麻痺上肢プログラムについてご説明したいと思います。
エビデンスを過剰に重視しないことの必要性については、前述の通りです。
しかし、だからと言って医学的な背景や理論を無視するというものではありません。
そこで、我々のプログラムの基礎医学的な背景についてご説明します。
左右脳半球へのアプローチ
この図は、光トポグラフィという機器を使って上肢運動時の脳の活動を観察したものです。
光トポグラフィについては、以下のサイトをご参照ください。
光トポグラフィとは
この機器の特徴は、近赤外光を用いて脳の表面の活動を記録できるということです。
放射線などを用いないため、人体に害がないことに加えて、運動時などの脳活動をリアルタイムで計測できるものです。
現在は、精神科領域や認知領域などでの使用が主ですが、一部、運動領域の改善の評価にも用いられています。
この図の中では、発症6ヶ月目と7ヶ月目の脳の機能画像を示しています。
このケースは、発症6ヶ月目で上肢のリハビリプログラムを集中的に開始しています。
画像の下の同側というのは、麻痺側と同じ側の脳半球のことです。
そして、対側というのは、麻痺側と反対側の脳半球のことです。
つまり、脳梗塞などの病巣がある側ということになります。
そして、画像の中に赤や青の色がついています。
主に見ていただいきたいのは、赤の部分です。
ここは、脳の活動が高まっている部位です。
お分かりかと思いますが、発症6ヶ月目の時点では、脳の活動は同側である健側半球に見られています。
これは、非常に重要なことです。
本来、上肢などの運動の大半は、対側の脳半球からの指令によるものです。
しかし、脳梗塞後などからの回復過程では、このように同側の脳半球からの指令が見られます。
健常な脳では、対側脳半球からの指令が主で、同側脳半球からの指令は1割程度にとどまります。
それにも関わらず、回復過程では同側脳半球からの指令が高まるのには意味があります。
それは、脳は、回復のために残存している脳細胞を動員して新たな神経ネットワークを構築しようとしているからです。
それが、発症7ヶ月目の時点になると、さらに同側脳半球の活動部位が増えると共に対側脳半球も働き始めます。
対側脳半球の場合も、脳梗塞などによりダメージを受けていない脳細胞の動員が見られ始めます。
有名な知見としては、一次運動野に障害が生じると運動前野や補足運動野と呼ばれる、本来は高次の運動野に当たる部位が一次運動野の代わりに働きを始めるということがあります。
このように、発症後にリハビリを行うなどして刺激を続けることで、我々の想像以上に脳は変化を起こしています。
つまり、我々がリハビリを行うことは、常に左右の脳半球へのアプローチになるのです。
脳の階層性を重視
図は、脳の階層性を示したものです。
一番上から、大脳皮質連合野→大脳皮質→中脳→脳幹/脊髄、というように上位中枢からの情報の流れを示しています。
この図の中で、特に赤の矢印で示している流れに注目していただきたいと思います。
こちらでは、上から下への流れだけでなく、一番下の運動出力から感覚入力への流れが、脳幹/脊髄や大脳皮質へも情報を伝達しています。
この、運動出力から感覚入力の流れとは、私たちがリハビリを行っている際に生じる流れです。
リハビリによる運動や感覚の情報は、脳幹や脊髄にある運動の回路を活性化すると共に、大脳皮質へも情報を送り、脳の様々な箇所を刺激します。
このように、回復には脳の階層性を重視したアプローチが必要となるのです。
全身の運動連鎖アプローチ
我々の運動は、個別の関節や筋肉により行われるというよりも、全身の運動連鎖により可能になると言えるのです。
上肢の運動連鎖
Myers. Anatomy Trainsより
図は、有名なアナトミートレインという文献からの引用です。
アナトミートレインでは、身体の様々な運動連鎖を解説しています。
この図では、上肢の運動連鎖を示しています。
上肢では、このような複数の関節や筋肉にまたがった運動の連鎖が存在します。に
重要なことは、運動の回復を図る時に個別の関節を動かすのではなく、運動連鎖の流れに沿って動かすことなのです。
例えば、肘の屈伸を行ってみます。
我々にとっては、簡単な運動です。
しかし、実際の日常生活ではこのような動きは殆ど見られません。
では、次にコップを持ってそれを口に近づけてみましょう。
その際は、手指から手首、肘、肩が連動して腕の動きが生じます。
丁度、図に示した運動連鎖が用いられているのです。
上肢のリハビリにおいて必要なのは、日常生活で用いられる運動連鎖を踏まえて動きの訓練を行うことです。
麻痺筋を働く筋へ変える運動促通
片麻痺の場合、運動麻痺のタイプは大きく二つに分けられます。
それは、筋肉の緊張が過剰に高いタイプの麻痺と逆に筋肉の緊張が低下するタイプの麻痺です。しばしば、典型的な片麻痺の状態として、上下肢が硬くなった麻痺を思い浮かべることがあるでしょう。
そのような、筋肉の緊張が高く硬くなった麻痺のことを痙性麻痺と呼びます。
痙性麻痺については、以下の記事が参考になります。
どうぞ、ご参照ください。
このような痙性麻痺の場合は、筋肉は働かないのではなく働きすぎる状態にあると言っても良いでしょう。
さらに言えば、働きすぎて緩められないとも言えます。
一方で、筋肉の緊張が低下したタイプの麻痺では、筋肉が働かない、あるいは働き難い状態の麻痺と言えます。
我々は、これらのような麻痺を回復させる技術のことを運動促通と呼びます。
両方の種類の麻痺のタイプに応じて、運動を促通するポイントが異なります。
それぞれの麻痺の状態を踏まえて、運動促通を行う必要があります。
上肢プログラムで満足度を上げる
リハビリテーションは、全人間的である」べきというお話をよく聞きます。
これは、全くその通りだと思います。
片麻痺などでは、上肢や下肢が麻痺した状態にありますので、その回復を目指します。
しかし、その結果、患者さんが一人の人間として元気や活力を取り戻すことも重要です。
しばしば、患者さんはこのような説明を受けることがあるかもしれません。
「下肢は歩行が大事だから頑張って良くしましょう。上肢は実用手になることは少ないので、健側の手も使って日常生活を自立させましょう」
これは、客観的には間違っていないのかもしれません。
ただ、前述の通り、上肢にも改善の可能性はあります。
単に、上肢の元々の役割が複雑なため、下肢よりも改善しないと思われやすいのだと考えます。
実際に、歩行については、下肢は中等度の麻痺でも可能と言われています。
一方で、上肢は中等度麻痺では、あまり実用的には使用できないという現状があります。
しかし、別の見方をすると、上肢は下肢よりも意識的に捉えやすい面があります。
それは、上肢が意思と連動して動かされることが多いためかもしれません。
あるいは、常に視野に入りやすいためかもしれません。
そのため、逆に回復についても意外と認識しやすい面があります。
下肢の回復は、歩行が出来てはじめて実感できます。
しかし、上肢の回復は、必ずしも実用化に至らなくとも満足度に影響する可能性があるのです。
そのような主観的な満足度を向上させることで、一人の人間としての生活の質を追求したいと考えます。
改善を客観的に示す
図は、Fugl-Meyer-Assessment(FMA)という評価です。
非常に詳細に上肢・下肢機能やバランスなどを評価します。
これは、日本の脳卒中治療ガイドラインの中でも使用を推奨されており、実際に海外の論文ではリハビリの効果判定に頻繁に用いられています。
ただし、我が国の臨床場面では意外に使われていません。
その理由は、詳細な検査であるため、そこにかかる手間を嫌う傾向が現場にはあるのだと思います。
そのため、日本では、代わりにブルンストロームステージと言うものが使われます。
これは、上肢・下肢・手指を6段階で評価するものです。
FMAが226点満点であることに比べると、たしかに簡単に記録できます。
しかし、ここに問題があります。
ブルンストロームステージは、尺度の目が粗いため、変化が拾いきれません。
急性期のような、大きな変化がある時期を除けば、それ以降はほぼ変化しないケースも多いのです。
日本で、片麻痺の上肢へのリハビリがあまり評価されない理由にはこのような背景があります。
ブルンストロームステージで変化が見られなければ、それで改善終了という判断となります。
一方、FMAを用いると少しの変化が点数化されます。
そのため、慢性期などの改善の幅が大きくない状況でも客観的な記録ができるのです。
少し考えてみていただきたいのですが、0と1は僅かな差ではありますが、確実に異なります。
変化が0であれば、その努力を何カ月続けたとしても0のままです。
しかし、変化が1であれば、その努力は時間をかけることで大きな改善になります。
この発想は、健康のためのダイエットや体質改善においてであれば当然の視点です。
しかし、片麻痺上肢のリハビリにおいては、あまり重視されない考え方です。
私は、これまでFMAを用いることで、数年間継続的に改善を続けたケースの経過を客観的に記録することができました。
そして、このような長期的改善の傾向は、60代以下などの若いケースであれば、かなりの方々に当てはまるものだと考えています。
FMAについては、次の論文が参考になります。
20分でも改善する片麻痺リハビリ上肢プログラム
それでは、具体的な場面をご説明したいと思います。
私たちのサービスでは、施術時間は40~80分間と設定しています。
しかし、これは時間が長ければ良いと考えているからではありません。
時間の長さだけでなく、たしかな施術技術の高さが必要だと思います。
ここでお示しするのは、デイケアなどでの20分間のリハビリであっても改善できる方法です。
運動連鎖アプローチで麻痺筋の緊張を緩和
筋肉の緊張が高い時には、通常はストレッチや関節可動域(Range Of Motion ROM)訓練などが行われます。
しかし、複数の筋肉や関節を個別にストレッチすることは非効率なだけでなく効果的でもありません。
図は、前述の運動連鎖を示した図を参考にして、筋肉の緊張を緩和しています。
筋肉を個別にではなく、複合体として捉えることで、緊張緩和が比較的短時間に効果的に行えます。
また、同じ姿位の中で随意的な運動を促通することも可能です。
緊張を緩和した筋肉に対して、直ちに随意運動を引き出すことが重要です。
痙性麻痺を動きに変える
痙性麻痺がある筋肉は、働きすぎて力を緩められない筋肉とも言えます。
このような場合では、単に静的にストレッチを加えるだけでは動きを学習する機会にはなりません。
そのため、実際に動きを起こして、その中で力の緩め方を学習する必要があります。
図は、そのような場面です。
実際に指を握る筋肉を収縮させていただき、その後に緩みを経験してもらいます(左図)。
さらに、徐々に、一本ずつの指でも行ってゆきます(右図)。
図は、このようなアプローチの前後の手指の状態です。
アプローチ前の左図では、手指は握り込んだままです。
アプローチ後の右図では、手指の筋肉の緊張が緩んでいることがわかります。
このように随意的な筋肉の収縮と弛緩を反復することにより、徐々に日常的にも筋肉の緊張をコントロールすることが可能となります。
痙性麻痺で握り込んだ手指へのアプローチについては、こちらのコラムも参考になります。
どうぞ、ご参照ください。
回復を拡散
ここまでの流れの中で、上肢や手指の筋肉の緊張が緩和されて、指の分離した動きも経験できました。
次には、その流れを肩関節の運動に拡散します。
図は、アプローチ前後の肩関節の自発的な運動です。
施術前の左図では、顔の高さ程度まで挙げることで精一杯です。
しかし、施術後の右図では、頭上まで挙げることが可能となっています。
このように、腕や手指の運動促通の効果が肩関節まで波及しつつあることが確認できたら、さらに肩関節や肘関節の動きを練習してゆきます。
以上のように、運動回復に関わる脳の仕組みを踏まえて、運動連鎖を応用するなどして促通手技を実施することで、たとえ20分間であっても改善の可能性はあります。
片麻痺リハビリの上肢プログラムにおいては、施術の時間の長さや頻度も重要ですが、それ以上に施術内容も大切だと思います。
片麻痺リハビリの上肢プログラムについては、こちらの記事も参考になります。
脳梗塞の指先へのリハビリを解説|ストレッチよりも効果的な方法
どうぞ、ご参照ください。
片麻痺リハビリの上肢プログラム|20分でも改善する方法とはのまとめ
片麻痺リハビリの上肢プログラムとはのまとめ
片麻痺リハビリの上肢プログラムにおいて、エビデンスは重要です。
しかし、エビデンスには問題点や限界も指摘されています。
久留米脳リハサービス式片麻痺上肢プログラムのまとめ
- 左右脳半球へのアプローチ
- 脳の階層性を重視
- 全身の運動連鎖アプローチ
- 麻痺筋を働く筋へ変える運動促通
- 上肢プログラムで満足度を上げる
- 改善を客観的に示す
20分でも改善する片麻痺リハビリ上肢プログラムのまとめ
片麻痺リハビリの上肢プログラムにおいては、施術の時間の長さや頻度も重要ですが、それ以上に施術内容が大切だと思います。