目次
脳卒中リハビリと高次脳機能障障害の回復
モクモク博士!
前回の記事では、左右の片麻痺に伴いやすい高次脳機能障害の失行失認ついての講義をありがとうございました。
ミキ君、こちらこそ良く聴講してくれてありがとう!
前回の内容、脳梗塞による高次脳機能障害 失行失認へのリハビリテーションとは?については、今復習をしているところです。
右片麻痺と左片麻痺では、伴いやすい失行失認に違いがあります。
今回は、それら高次脳機能障害へのリハビリによる回復について、事例を交えてご紹介します。
以下は、脳卒中治療ガイドラインに掲載されている、高次脳機能障害へのリハビリについてのエビデンスです。
「脳卒中後は、失語、失行、失認・半側空間無視・注意障害・記憶障害・遂行機能障害・情緒行動障害(うつ状態を含む)などの認知障害の有無とその内容、程度を評価することが勧められる。また、評価結果は家族に伝えることが望まれる」
「認知障害に対するリハビリテーションは、損なわれた機能そのものの回復訓練と代償訓練がある。いずれも日常生活活動の改善を目的とすることが勧められる」
脳卒中治療ガイドライン 高次脳機能障害のリハビリテーション2015
認知障害に対するリハビリテーション
脳卒中治療ガイドライン2009 https://www.jsnt.gr.jp/guideline/img/nou2009_07.pdf
ここでは、失行や失認などの高次脳機能障害を認知障害と表現していますね。
なんだか、認知症と間違えそうですね。
高次脳機能障害とは脳の損傷に起因する認知障害全般の事を指します。
脳の機能には局在性がありますが、脳の損傷部位により出現する高次脳機能障害の症状は異なります。
このような症状を巣(そう)症状といいます。
一方、認知症では、記憶や見当識をはじめとした知能面全般に低下が見られます。
高次脳機能障害では、前頭葉や頭頂葉などの脳の器質的損傷により、それらの脳の局在的な機能を反映した様々な症状が生じます。
今回のテーマである失行や失認の他にも、記憶障害や遂行機能障害などが含まれます。
失行や失認は、たしか頭頂葉を中心とした障害でしたよね?
その通りです。
高次脳機能障害については、前述のように医師のマニュアルとも言える脳卒中治療ガイドラインにも記載されています。
一般的に、医学的なリハビリテーションの対象として評価や訓練を実施します。
そして、上下肢の麻痺などと同じように改善が期待できる障害と言えます。
今回は、高次脳機能障害の失行や失認に対して、リハビリによる回復事例も交えてご説明いただけるのですね!
よろしくお願いします。
高次脳機能障害の肢節運動失行のリハビリによる回復
高次脳機能障害の失行とは
先ずは、失行からですね!
前回の復習になりますが、失行の定義を確認しましょう!
失行とは運動執行器官に異常がないのに、目的に沿って運動を遂行できない状態である
失行とは「運動麻痺や失調症(手脚や体幹が動揺する症状)などが無いにもかかわらず、対象物を操作する目的動作などにおいて困難さを生じるもの」でしたよね!
頭頂葉などの、大脳皮質連合野と呼ばれる部位の基質的損傷により、脳の情報処理過程が妨げられるために生じるのです。
大脳皮質連合野の情報伝達については、こちらの記事も是非ご参考にされてください。
高次脳機能障害の肢節運動失行とは
その中でも、肢節運動失行は、熟練しているはずの運動行為が拙劣化している状態を指します。
拙劣化の原因には、脱力、筋緊張異常、粗大な知覚障害、失調、不随意運動などの明らかな運動機能異常はありません。
肢節運動失行は、熟練しているはずの運動行為が拙劣化している状態を指します。肢節運動失行は、文献によって諸説ありますが、大きく二つのタイプに分類されます。 遠心性(力動性)失行と求心性失行(触知性)失行です。
これらの分類については、以下の2冊の文献が参考になります。
肢節運動失行の二つの分類 遠心性(力動性)失行 と求心性(触知)失行
山鳥 重「神経心理学入門」医学書院
ルリア「ルリアの神経心理学」
ただ、後者の方は大分前に絶版となっていますので、中々入手は困難かもしれません。
前者は、現在も流通していますので、興味がある方は是非一度手にとってみてください。
ここで言う、遠心性や求心性の意味は、脳にとって神経の遠心路と言える運動連合野の障害であるか、求心路である感覚連合野の障害であるか、という点で分類しているものと思われます。
このように、大脳皮質の大部分を占める大脳皮質連合野と呼ばれる部位では、様々な情報処理が行われます。
これらの障害では、運動麻痺や感覚麻痺は生じませんが、今回のテーマである様々な高次脳機能障害が生じるのですね。
遠心性(力動性)失行
遠心性(力動性)失行は、大脳皮質連合野の中の運動前野の損傷で生じるとされています。
運動前野とは、図の位置になります。
脳を左側から見た図
「運動と脳」松波謙一 他 サイエンス者
運動前野とは運動野の前にあるんですね!
運動前野の損傷では、
「熟練した運動が困難になり、文字を書くときも、一画一画を努力性に行わなければならず、筆跡も変わってしまいます。運動開始時の筋肉の活動開始や運動停止時の筋肉の活動停止が遅れます」とされています。
実際に遠心性(力動性)失行の患者さんにおいても、そのような努力性の物品操作が見られます。
要素的運動の組み合わせからなる連続的行為に障害がおこり、ルリアは、このような状態を運動メロディの障害と呼びました。
図のように、要素の異なる線を切り替えながら連続して描く際に、徐々に困難となり、最後は保続のようになってしまいます。
保続とは、一度開始したことを止められなくなることですね。
この失行に対して、しばしば用いられる簡単な検査として、
fist-ring テスト と fist-edge-palm テストがあります。
fist-ring テストは、腕を前に伸ばすと同時に握りこぶしを作り、腕を手前に曲げると同時に母指と示指でリングを作ります。 この動作を繰り返します。 fist-edge-palm テストは、①握りこぶしを机に置く、②手を開き手刀を作り小指側を机におく、③ついで手を開いたまま手掌を水平に机に伏せるように置く。 この①〜③を順番に繰り返します。
遠心性(力動性)失行では、動作の切り替えが困難となります。
fist-edge-palmテストの場合、健常者でも最初は難しいかもしれませんが、次第に慣れて徐々に簡単になります。しかし、遠心性(力動性)失行では、拙劣なままか困難となります。
たしかに、私たちは、徐々に簡単になりますね。
このように、遠心性(力動性)失行では、様々な場面での運動の切り替えが困難となり拙劣性が目立ちます。
求心性(蝕知)失行
求心性(触知)失行は、大脳皮質連合野の中でも頭頂葉の感覚連合野の損傷で生じるとされています。
脳を左側から見た図
「運動と脳」松波謙一 他 サイエンス者
感覚連合野では、様々な感覚の統合が行われます。
そのため、求心性(触知)失行では、単純な触覚や痛覚などは保たれますが、2点識別覚や立体識別覚などの複合的感覚が障害されます。
また、能動的な指の運動感覚が低下することも特徴です。
そのため、この失行のことを別名で「能動的触覚(アクティブタッチ)の障害]」とも呼びます。
アクティブタッチとは、手で自由にさわることによって生じる対象の知覚で、能動的触覚ともいいます。感覚検査のような受け身の感覚は、本来は日常的には生じません。能動的に触れることで我々は外界を探索することができます。このような能動的な触覚のことをアクティブタッチといいます。
アクティブタッチについては、以下の文献に紹介されています。
ご興味があれば、是非一度参考にされてください。
アクティブタッチの神経機構
岩村吉晃 神経心理学コレクション「タッチ」
このアクティブタッチについて知られていることに、次の写真のようなことがあります。
写真は、健常者がコップに手を伸ばしている過程です。
コップに触れる前の手の形に注目してください。
見てお分かりのように、健常者では、コップに触れる前にすでに手はコップの形を表現しています。
本当ですね!
私たちの手は、無意識のうちにコップを持つための準備をしているのですね。
我々は、過去の経験の蓄積により、コップの形や手触りや重さなどの記憶情報が脳内に残っています。
そのため、コップに手を伸ばし始めた時点で、既に記憶情報が感覚連合野に送られているのです。
このような情報のことを「遠心性コピー」と呼びます。
一般的な常識では、感覚とは対象物に手が触れて初めて感じられるものと考えられています。
たしかに、それ自体は事実です。
しかし、それだけでは、実際に物に手が触れた後に行う物品操作への準備が不十分となります。
そのため、我々では、既に何度も経験したことのある対象物の操作過程に関する感覚情報を遠心性コピーとして事前に感覚野に送っておくような機構が働きます。
このように、遠心性コピーの情報が脳の感覚野に事前に送られておくことで、手が触れる前から対象物の感覚を想起することができて、その後の操作が円滑にすすみます。
このような脳内での、情報の伝達機構の現れとして、写真のように手が触れる前から対象物の形を表現することができるのです。
求心性(触知)失行では、このようなメカニズムが崩壊しています。
そのため、運動要素や一次的な感覚要素が保たれているにも関わらず、物品の対象操作が困難となり拙劣性が目立つのです。
少し難しいお話でしたが、とても興味深いです。
実際にリハビリによる回復もあるのでしょうね。
そうですね。
肢節運動失行は、拙劣性が主な症状です。
程度にもよりますが、症状がありながらも気づかれないことがあったり、経過と共に改善していることもありそうです。
高次脳機能障害の観念失行のリハビリによる回復
観念失行は物品の使用障害
次は、観念失行ですね。
観念失行とは、日常慣用の物品の使用障害とされています。
肢節運動失行とは異なり、拙劣性のみではなく、明らかな物品使用障害が特徴です。
脳を左側から見た図
「運動と脳」松波謙一 他 サイエンス者
損傷部位は、主に頭頂葉の大脳皮質連合野の中でも下頭頂小葉と呼ばれる部位です。
図を見るとわかるように、肢節運動失行の障害部位よりもやや下に位置します。
この下頭頂小葉では、後頭葉からの視覚情報や側頭葉からの聴覚情報の通り道であり、それらの情報と身体からの感覚情報が統合される場所でもあります。
そのため、左脳半球の障害では観念失行などが生じ、右脳半球の障害では後述する半側空間無視という失認が生じやすくなる場所でもあります。
観念失行では、単一物品の使用障害と複数物品の使用障害の両方があり得ます。
単一物品の使用障害
単一物品の使用障害としては、鉛筆を鉛筆と認識し、場合によっては言葉でそれを説明することも可能であるにもかかわらず操作が出来ないといった状況です。
観念失行では、鉛筆を人差し指と中指でタバコのように扱い口に持ってゆくなどの明らかな使い方の間違いが生じます。
私の経験例でも、歯ブラシを逆さまに持ち、柄の部分を口に入れたり、ペンをスプーンのように口に運ぼうとするような事が見られるケースがいました。
ここで重要なことは、患者さんには知的な問題はなく、言語面に障害がなければ状況をきちんと説明することもできることです。
そして、場合によっては、自分の失敗に思わず苦笑してしまうようなこともあります。
観念失行の患者さんの比較的多くに、失語症という言語面の高次脳機能障害を伴うことがあります。
そのため、言語表出や理解に低下が見られることはあります。
しかし、非言語的な知的能力は保たれるため、自分の誤りが良くわかります。
一方で、周囲から認知症のように全体的な知的低下と誤解される可能性もあり、精神的に傷つくことがあり得ます。
この事は、高次脳機能障害の患者さん全般に言えることであり、十分な注意が必要です。
複数物品の使用障害
単一物品の使用障害があるケースの多くに、複数物品の使用障害も見られます。 それらは、様々な観察場面で見られます。 例えば、切手、封筒、手紙、糊を用いて、手紙を封筒に入れ、封をし、切手を貼るという一連の行為を完成させるような場面です。
個人的には、評価として、お茶をいれる動作を良く行います。
茶葉が入った缶、急須、ポット、湯呑みなどを目の前lに置き、一連の動作を行なっていただきます。
よくある状況としては、全体の動作に円滑さがなく、一つ一つ止まりながら行うようなことです。
明らかな誤りがある場合は、お茶の葉を湯呑みに直接入れてしまったり、急須にお湯を先に入れてしまったりします。
患者さん自身が、自分の誤りを認識してしまうため、落ち込んだり緊張したりなど、様々な心理的な反応も見られます。
使用障害が生じる背景にはどのようなことがあるのでしょうか?
観念失行の背景に、脳の病巣と関係があることは事実です。
しかし、そのメカニズムがはっきりと解明できているかというと、それは未だ不十分かもしれません。
我々が後天的に身につけた動作は、記憶として脳に残ります。
記憶には、言葉で覚える言語的な記憶の他に運動や動作を通じて覚える手続き的な記憶があります。
また、我々の動作には常に連続性があり、そこには手だけではなく全身的な連動性が背景にあります。
頭頂連合野の障害により、そのような記憶情報と運動や動作とのマッチングが分断されてしまうことがあるのかもしれません。
失行全般に言える事ですが、自然な流れで様々な物品使用の場面が展開される場合は、比較的に問題が軽減しやすいようです。
しかし、検査場面など、日常には無い不自然な状況の中で行うとより誤りが多くなります。
また、観念失行の場合は、片麻痺や失語症を伴うことがあります。
失行そのものは、麻痺症状とは無関係に生じます。
しかし、片麻痺や失語症があるケースの方がより生活面の課題は多くなりやすいものです。
つまり、その分、混乱がより生じやすいことは否めないと言えるでしょう。
観念失行が改善した一例
博士!
高次脳機能障害の観念失行は、なかなか難しい症状ですね。
こちらには、リハビリの効果はあるのでしょうか???
そうですね・・・・
では、ここで観念失行が改善した事例についてご紹介しましょう。
患者さんは、60歳代の男性で、左脳半球に脳梗塞がある患者さんです。
症状としては、片麻痺などの運動麻痺はほぼありませんでしたが、失語症のため思ったことが口にできない事がありました。
観念失行により、歯磨きや髭剃りなどの動作に一部介助が必要でした。
検査としてお茶をいれる動作をおこないました。
お湯の入ったポット、茶葉の入った缶、急須、湯呑みを目の前に並べた状態でお茶を入れていただきます。
まず、お湯も茶葉も入っていない状態の急須を湯呑みに注ごうとします。
うまく行かないと感じると、次に茶葉を直接湯呑みに入れてしまいます。
その後、急須を湯呑みに傾けますが、お湯が入っていない状態です。
最後まで、ポットに手を伸ばすことはありませんでした。
本当ですね!
茶葉を湯呑みに注ごうとしています!
普通ではありえない誤りです。
その後、一月間、作業療法や言語聴覚療法を中心にリハビリを実施しました。
その結果、歯磨きや髭剃りなどの日常生活は自立され、言語機能にも改善が見られ、失行もほぼ目立たなくなりました。
お茶をいれる動作においても改善が見られました。
手順を間違えなくなり、ポットも使えるようになり、
動作全体がスムーズになりなりました。
失行症状も改善したのですね!
素晴らしいです。
このように、観念失行においても、適切なリハビリにより改善が期待できます。
高次脳機能障害の半側空間無視への音楽リハビリと回復
左片麻痺に多い左半側空間無視
ここまで失行についてお話をしていただきました。
次は、失認ですね?
リハビリ現場で最も多く遭遇する失認といえば、半側空間無視です。
最近では、ドラマで取り上げられたりもしたようです。
また、介護現場においても、良く知られている症状です。
半側空間無視は、右の頭頂連合野に病変があるケースを中心にしばしば見られます。
リハビリ現場では、左片麻痺に左半側空間無視を合併したケースを見る事が比較的多いです。
半側空間無視などの失認自体は、運動麻痺とは明らかに別の症状ですが、病巣の関係でそのようになりやすいのでしょう。
半側空間無視の症状は、見えているはずの視野内において、片側が常に無視されるというものです。
分かりやすい状況としては、「食事の半分側に食べ残しがある」、「無視側の角を曲がれずに道に迷う」、「無視側から話しかけられても気づかない」、「外部空間だけでなく、自分の腕や脚などにも無視が見られる」などでしょう。
左空間に食べ残しがあるからと言って、全ての食器を右空間に配置したとしても、その中でさらに左側に無視が残ります。
よって、決して視野の障害の問題ではありません。
確実に保たれている視野内で、左右から刺激を行なった場合、左側の刺激には反応できない事が多く、左右同時刺激ではさらにその傾向が強まります。
検査としては、線分抹消試験や線分二等分線が有名です。
線分抹消試験は、正面に置かれた紙面上、ランダムに描かれた線に全てチェックを入れるというものです。
通常では、全ての線分をチェックすることが容易です。
しかし、左半側空間無視では、左側全体や左側の一部にチェック漏れが生じます。
患者さんの多くは、先ず、右側から取り組みますが、正中位より左半分に入ったあたりから漏れが目立ち始めます。
線分二等分線は、紙面上にランダムに描かれた線にチェックを入れるものです。
典型的な症状では、真ん中よりも右に偏位した位置にチェックを入れます。
半側空間無視の2つの仮説
半側空間無視では、主に2つの仮説が有名です。それは、注意障害説と表象障害説というものです。注意障害説は、半側空間無視を注意の障害という観点から考察しています。一方で、表象障害説は、脳の中のイメージ化という観点での考察をしています。
注意障害説
半側無視にはいくつかの仮説があります。
注意障害説は、その中でも有名な仮説です。
前述の線分二等分線の検査のように、注意が常に健側側に引っ張られるというものです。
元々、人間の脳は、左右均等に注意が向くように調整されています。
ただ、脳の左半球の注意が右空間主体であることに対して、脳の右半球は左右両方への注意に関連しています。
そのため、脳卒中などで左脳半球が損傷しても、残った右脳半球の機能により左右への注意は比較的保たれます、
しかし、右脳半球が損傷されると、残った左脳半球は右空間のみの注意しか司れないため、左空間への無視が生じるというものです。
なるほど。
言語が左脳半球で優位なことに対して、注意は右脳半球で優位なんですね。
そして、右脳半球の注意は左右両方に向けられているのですね。
右脳半球が損傷されると、左脳半球のみで注意を司ることになるので、右への注意は保たれる反面、左への注意が低下するのですね。
たしかに、左半側空間無視が、右脳半球損傷で生じやすいことの根拠になりそうですね。
表象障害説
もう一つの仮説は表象障害説といいます。
これは、非常に興味深い現象を表現した仮説です。
ある半側空間無視患者の絵に関する話として有名です。
1978年の報告です。
イタリアで脳卒中で半側空間無視となった患者が、
ミラノの大聖堂描いた際に、左側半分が描けなかったそうです。
そうなんですね。
左側への注意が低下しているからでしょうか?
でも、それでは、注意障害説と同じですね。
その通りです。
良い視点ですね。
この話には続きがあります。
そこで、今度は裏に回って、反対側から同じ建物を描きました。
そうすると、今度は、逆に先ほどは描けていた側が描けなくなり、描けなかった側が描けていたという話です。
単に外部空間の見落としということであれば、一度描けていた側は裏に回ってからも気づいて描けそうなものですね。
でも、全くそうならなかったのですね。
また、この現象は、デッサンだけではなく、思い出して描く場合にも半側の欠落として見られたそうです。
そのようなことから、半側空間無視の背景には、脳の中でイメージした表象の問題が存在するという仮説です。
たしかに、記憶に頼って描いた絵でも半分が欠落するのなら、注意だけの問題とはいえませんね。
私たちが何気なく使っているイメージという言葉ですが、実は半側空間無視ととても関係があるのですね。
このように、半側空間無視には、注意障害説と表象障害説という二つの有力な説があります。
両方の説とも、半側空間無視の症状の理解に非常に役立つものだと考えます。
音楽リハビリによる半側空間無視の改善例
半側空間無視においても、リハビリによる回復はあるのでしょうか?
では、それについても事例をご紹介しましょう。
私の経験の中から、音楽を使ったリハビリの試みについてご紹介します。
症例は、60歳代の女性です。
発症から10年ほど経過した脳卒中による、左片麻痺と左半側空間無視を併せ持った患者さんでした。
半側空間無視では、特に視覚的な無視が目立ちます。
しかし、実際には他の感覚にも無視傾向があることは少なくありません。
聴覚的にも、左側から声をかけられると無視をするという患者さんはおられます。
また、感覚的な無視により、自分の手脚を忘れるというのもしばしば見られる症状です。
今回のケースは、そのような視覚以外に聴覚などにも左半側空間無視があるケースでした。
そのため、10年間経過した時点では、運動機能面である姿勢も健側の右に偏った状態となっていました。
左側を無視して、右にばかり注意を向けると姿勢まで非対称になるのですね!
絵の模写では、常に左側の一部が欠けていました。
たしかに、赤丸の部分が欠けています。
このようなケースに対して、視覚だけではなく聴覚的にも左半側無視を改善する目的で音楽を使いました。
この患者さんは、音楽が好きなのですね。
たしかに、好きなことを課題に取り入れるとモチベーションも変わりますね。
写真のように、大正琴という楽器を私と合奏することで左側への注意を促しました。
視覚・聴覚的に、左空間に注意をはらいつつ演奏を楽しむというような課題です。
この患者さんは、左手がご不自由なので、右手のみで参加されてますね。
二人のタイミングが難しそうですが、上手くできましたね。
少し時間がかかりましたが、上手くできました。
その結果、姿勢や模写などに改善を認めました。
姿勢では、左右対象的に座れるようになりました。
姿勢だけでなく、注意も前に向くようになっています。
模写では、左側の描き漏れが無くなり、全体的にも構成的にまとまった絵を描けるようになりました。
赤丸の書き忘れが改善しています。
それと、筆圧が強くなり、線がしっかりと描けていますね。
これは、一度のリハビリアプローチによる結果ですが、このような変化は多くの患者さんで観察できます。
失認の半側空間無視にも、リハビリによる回復があるのですね。
大変、勉強になりました。
リハビリによる高次脳機能障害の回復事例 失行失認へのアプローチのまとめ
脳卒中リハビリと高次脳機能障障害の回復のまとめ
高次脳機能障害とは脳の損傷に起因する認知障害全般の事を指します。
高次脳機能障害では、前頭葉や頭頂葉などの脳の器質的損傷により、それらの脳の局在的な機能を反映した様々な症状が生じます。
高次脳機能障害の肢節運動失行のリハビリによる回復のまとめ
その中でも、肢節運動失行は、熟練しているはずの運動行為が拙劣化している状態を指します。
遠心性(力動性)失行と、求心性失行(触知性)失行でなどがあります。
高次脳機能障害の観念失行のリハビリによる回復のまとめ
観念失行とは、日常慣用の物品の使用障害とされています。
観念失行では、単一物品の使用障害と複数物品の使用障害の両方があり得ます。
高次脳機能障害の半側空間無視への音楽リハビリと回復のまとめ
半側空間無視の症状は、見えているはずの視野内において、片側が常に無視されるというものです。
半側空間無視では、2つの仮説が有名です。それは、注意障害説と表象障害説というものです。