片麻痺への低周波電気刺激を使ったリハビリ
近年、片麻痺の上肢へのリハビリにおいて、低周波電気刺激の応用例が増えつつあります。
今回は、各メーカーの紹介や理論に加えて、実際の使用場面についてもご説明したいと思います。
脳卒中治療ガイドラインにおける位置付け
片麻痺への低周波電気刺激を使ったリハビリは、わが国の治療ガイドラインではどのように位置付けられているのでしょうか?
「上肢機能障害に対するリハビリテーション」
2015年脳卒中治療ガイドライン
図は、2015年の脳卒中治療ガイドラインにおける、「上肢機能障害に対するリハビリテーション」の項目です。
ご覧のように、「中等度の麻痺筋に対して電気刺激の使用が勧められる」というグレードBの推奨度となっています。
グレードBとは、Aに次いで2番目の推奨度です。
中等度の麻痺とは、手指に少し動きはあるものの未だ屈曲の緊張が強く、一度握り込んだらそれを緩められず、手首を上に返したり手指を伸ばす事ができないような状況です。
実際に、このような段階の患者さんは多く存在します。
このように、近年では低周波電気刺激を用いた上肢や手指へのリハビリが一つの流れとなりつつあると言えます。
上肢や手指へのリハビリの重要性については、以下の記事が参考になります。
脳梗塞の指先へのリハビリを解説|ストレッチよりも効果的な方法
脳卒中片麻痺の上肢リハビリの重要性|全ての患者さんに必要な事
是非、ご一読ください。
低周波電気刺激リハビリの原理
低周波は、元々は鎮痛目的の物理療法機器やマッサージ機に使われてきました。
低周波の特徴の一つには、電極付近の筋肉の収縮や弛緩を促すことがあります。
これを、筋肉への電気刺激としてリハビリに応用したものが、低周波電気刺激なのです。
前述の脳卒中治療ガイドラインにて推奨されている低周波電気刺激は、主に手首や手指の動きを引き出すために用いられます。
手首や手指の筋肉が走行する場所に電極を装着して、電気刺激を行います。
これにより、手首が上向きに動いたり、手指が伸びたりする反応が見られるのです。
使い方については、後で詳細にご説明します。
片麻痺への低周波リハビリ機器
では、次には、実際にどのような製品があるのかを見てみましょう。
今回は、日本の代表的なメーカー3社の製品の紹介をしてみたいと思います。
OG Wellness IVES(アイビス)
OG Wellness HPより
IVESは、日本で最も歴史があり、普及している製品です。
2008年に、PASシステムという名称で発売されました。
その後、2012年にモデル変更があり、現在のIVESという名称になりました。
IVESとは、Integrated Volitional control Electrical System Stimulation/stimulatorの略です。
Integratedとは、統合化されたという意味になります。
統合化という表現が指すのは、この機器の中でも治療的電気刺激法や機能的電気刺激法などの複数の治療方法が統合されているという意味に加えて、IVESと作業療法や理学療法などの他の療法を統合して実施することが可能であるという意味が含まれています。
この、IVESの基本的な原理を開発したのは、早稲田大学人間科学学術院の村岡慶裕 氏です。
治療的電気刺激法や機能的電気刺激法については、後で説明をいたします。
図では、大きめの親機と小さめの子機が示されています。
これは、親機だけでも十分な治療が可能となることに加えて、親機のプログラミングを子機に伝達することで、携帯性に優れた子機だけでも使用が可能となるものです。
これにより、例えば、病院で親機から子機にプログラミングを伝達しておけば、子機を自宅に持ち帰って使用することが可能となるのです。
治療の時間を長くしたり、治療の頻度を多くしたい場合に大変効果的となります。
このようなIVESの特性を活かす意味もあり、OG WellnessのHPでは、訪問リハビリでの活用を提案しています。
訪問リハビリは、主に外来通院が困難なケースに対して行われます。
親機を用いて、一度、子機の設定をしておけば、訪問リハビリの時間に使えます。
さらに、子機を貸し出すことができれば、訪問リハビリの日以外でも活用ができます。
IVESの最大の特徴は、パワーアシストモードという設定です。
OG Wellness HPより
図は、パワーアシストモードの説明です。
左図は、通常の随意運動で手首を持ち上げた場面です。
筋活動電位が少し見られています。
中央図は、随意運動に合わせて低周波電気刺激によるパワーアシストが行われている場面です。
随意運動だけの時よりも、手首の動きが増大していることが分かります。
さらに、右図はパワーアシストを強く行なっている場面です。
中央図よりもさらに手首運動が増大しています。
このような、パワーアシストのメカニズムは、OG Wellness以外の製品にも用いられています。
個人的な感想としては、同じように近年普及している、ロボットスーツの技術にも似ていると思います。
IVESのような低周波電気刺激装置が普及した背景には、このような優れた技術の開発があります。
OG WellnessのIVESは、上肢だけでなく下肢にも使えます。
センサートリガーモードという設定があり、踵のセンサーにより歩行時に適切に足首が上に持ち上がるような低周波電気刺激を行うことが可能です。
しばしば、片麻痺の下肢には尖足(せんそく)という症状が現れます。
尖足は、足首が下向きに固定された状態のことで、歩行に大きな支障を及ぼします。
尖足については、
というコラムが参考になります。
是非、ご一読ください。
IVESなどの低周波電気刺激は、主には上肢や手指をターゲットにした使い方をします。
しかし、このように下肢にも使えると、機器の汎用性がさらに高くなると言えるでしょう。
パシフィックサプライ(川村義肢) MUROソリューション
次は、パシフィックサプライ(川村義肢)のMURUソリューションです。
パシフィックサプライHPより
こちらも、基本的にはOG WELLNESSのIVESと同じ原理が利用されています。
図のように、MUROソリューションの特徴は、IVESの親機に相当する外部調整ユニットの装置が小型化されていることです。
また、子機も上腕に装着するように設計されています。
この点について、OG WellnessのIVESの場合は、子機の携帯方法は特に指定されていません。
しばしば、見かけるのは、ウエストポーチを利用して携帯している場面です。
それに比較すると、パシフィックサプライのMUROソリューションは、携帯性をより意識した設計と言えそうです。
もちろん、こちらの方もパワーアシストモードが利用できます。
一度、外部調整ユニットを用いて設定しておけば、次回は子機のみでも同じ設定状態で実施することが可能となります。
エスケーエレクトロニクス WILMO
次は、エスケーエレクトロニクスのWILMOです。
WORLD ROBOTEC HPより
こちらも、基本原理は、OG WELLNESSのIVESと同じものです。
WILMOの特徴は、MUROソリューションよりも、さらにコンパクト化を実現している点です。
パンフレットにも、パワーアシスト機能に特化していることが謳われています。
本体重量は、55グラム。
衣服の袖口に収まる大きさで、見た感じは大きめの腕時計のようでもあります。
操作ボタンも3つしかないなど、シンプルさが強調されています。
まさに、ウェアラブルデイバイスの規格で、パワーアシストを実現したものと言えるでしょう。
片麻痺への低周波リハビリの種類
では、次には、片麻痺への低周波電気刺激を用いたリハビリの種類についてお話ししましょう。
ここでは、大きく分けて、治療的電気刺激と機能的電気刺激についてご説明します。
治療的電気刺激
先ずは、治療的電気刺激(Therapeutic Electrical Stimulation:TES)です。
村岡慶祐 筋電フィードバック電気刺激IVESの開発 より
IVES理論の開発者である、村岡氏は治療的電気刺激を以上のように説明しています。
また、村岡氏は、後述の機能的電気刺激に移行する前段階としてもこの治療的電気刺激を活用すべきと述べています。
治療的電気刺激と機能的電気刺激の違いは、後者が実際の日常生活場面などでも活用できる点です。
治療的電気刺激については、未だ動きが明らかでないような段階から治療室などで一方的に電気刺激を行うというイメージです。
治療的電気刺激には、生理学的に優れた面が存在します。
それは、動きの拮抗筋の痙縮の抑制効果があることなどです。
これを、carry over効果や促通効果と呼びます。
つまり、例えば手首を持ち上げたり指を伸ばす筋である伸展筋群を働かせたい時に、ネックとなるのは拮抗筋である屈曲筋群の痙縮です。
痙縮とは、脳などの中枢神経障害による筋肉の硬さを伴う麻痺のことです。
この痙縮の存在により、本来働かせたい伸展筋群が抑制されていることを相反抑制と言います。
治療的電気刺激は、このような拮抗筋の痙縮を抑制して、本来の働かせたい筋肉を効果的に刺激するという利点があります。
痙縮について、以下の記事が参考になります。
是非、ご一読ください。
機能的電気刺激
村岡氏は、機能的電気刺激(Functional Electrical Stimulation:FES)についても以下のように述べています。
村岡慶祐 筋電フィードバック電気刺激IVESの開発 より
機能的電気刺激治療は、前述の3機種の紹介の中のパワーアシストモードに相当します。
機能的電気刺激を可能とするパワーアシストモードは、ある意味で画期的です。
前述のとおり、近年注目を浴びているロボットスーツにも似ています。
具体的には、表面筋電図により筋肉の働きをモニターしつつ、足りない部分をアシストするという面においてです。
IVESなどのパワーアシストモードは、それを低周波電気刺激で行うことに対して、代表的なロボットスーツはモーターの力でアシストします。
ロボットスーツにも複数の種類があります。
後日に、記事にまとめたいと思います。
このような最新の技術の活用が、機能的電気刺激です。
パワーアシストモードによる機能的電気刺激は、複数の感覚系によるバイオフィードバック
療法の考え方が背景にあります。
バイオフィードバック療法とは、例えば、視覚や聴覚などの知覚可能な情報を手掛かりとして、学習・訓練を行うことです。
IVESのパワーアシストモードでは、筋電図からの情報を検出し、子機のインジゲーターに示される視覚的表示や電子音を手掛かりにして動きを再学習するということがあります。
さらに、低周波電気刺激で筋収縮を増幅して運動自体を起こすことで、運動そのものをフィードバック情報にすることにもなります。
以上のように、村岡氏が開発したIVESの技術はパワーアシストモードに象徴されるバイオフィードバック技術の流用と言えるでしょう。
片麻痺への低周波リハビリの実際
最後に、実際にIVESを使って、低周波電気刺激リハビリの実際をご紹介しましょう。
今回の機器は、OG WELLNESS製のIVESです。
残念ながら最新モデルではなく、初期型のPASシステムと呼ばれていたものです。
機器のセッティング
機器のセッティングをしてみます。
麻痺手の前腕2箇所に電極を貼ります。
手首を上に持ち上げる撓側手根伸筋や、手指の伸展筋群の走行に合わせて電極を貼ります。
電極からの導線は、子機に接続します。
治療的電気刺激
続いて、ノーマルモードに設定して、低周波電気刺激を行います。
この時は、治療的電気刺激として使用できます。
出力調整を徐々に上げてゆくと、次第に筋肉の収縮が始まります。
さらに、少し上げると、実際に手首が上に持ち上がったり、指が伸びる運動が行われます。
機能的電気刺激
機能的電気刺激は、パワーアシストモードに設定します。
写真は、既に親機で調整した後の状態です。
ペグボードと呼ばれる治療器具を操作している場面です。
この時に、本人の意思により動かそうとすると、筋電図からの情報によりパワーアシストが行われます。
普段の状態よりも、手首や手指の動きが強化された状態で練習を行うことができます。
機能的電気刺激では、このように治療室で活用する他、長時間装着し続けて日常生活の中で利用することが可能です。
上肢全体への運動促通効果
治療的電気刺激や機能的電気刺激により、手首や手指の筋肉の運動促通が行われます。
これは、より正確な表現を用いると神経筋促通と言います。
運動神経と筋肉の両方に促通効果が見られます。
さらに興味深いことがあります。
それは、電気刺激を行なった手首や手指以外の肘や肩にも運動促通効果が見られることです。
写真は、電気刺激の前後の腕の挙上を比較しています。
左の電気刺激前に比べて、右の電気刺激後では腕の挙上角度が増大しています。
このように、運動促通の効果は、刺激部位以外にも波及します。
片麻痺への低周波を用いたリハビリの効果のまとめ
片麻痺への低周波電気刺激を使ったリハビリのまとめ
片麻痺への低周波電気刺激を使ったリハビリは、脳卒中治療ガイドラインにおいて推奨される確立された治療方法です。
片麻痺への低周波リハビリ機器のまとめ
片麻痺への低周波電気刺激の機器は、OG WELLNESSをはじめとして、3社より販売されています。
片麻痺への低周波リハビリの種類のまとめ
片麻痺への低周波電気刺激を使ったリハビリには、治療的電気刺激や機能的電気刺激などがあります。
片麻痺への低周波リハビリの実際のまとめ
実際に、OG WELLNESSのIVESを使ってみます。
手首や手指などの電気刺激を行なった部位に加えて、上肢全体にも運動促通効果が期待できます。