目次
片麻痺の握り込みが手指に見られる
片麻痺手指の握り込み
脳梗塞などの脳卒中により片麻痺になると、しばしば麻痺側の手指に握り込みが見られます。
運動麻痺は、筋肉の緊張が弛緩する弛緩性麻痺と、筋肉の緊張が亢進する痙性(けいせい)麻痺などに分けられます。
脳卒中の場合は、両方の麻痺が生じる可能性があります。
特に、急性期では弛緩麻痺を呈する場合も多くあります。
しかし、急性期を過ぎると次第に痙性麻痺の比率の方が高くなるでしょう。
そして、特に手指では、握り込むような屈筋の痙性麻痺が著明となりやすいです。
図は、脳梗塞の発症から半年以上が経過した右片麻痺患者の手指の状態を示しています。
ご覧の通り、手指を握り込んでいます。
一つ特徴的なことは、親指が手のひら側に入り込んでいることです。
これは、痙性麻痺ではしばしば観察されます。
脳卒中以外でも、例えば脳性麻痺などでも同じような所見が見られます。
他の指も握りこんでいますが、主には母指の第二関節の曲がりが目立ちます。
図は、ヒトの手の骨の解剖です。
赤で囲んでいる3つの関節があります。
指の付け根に近い方から、MP関節、PIP関節、DIP関節と呼びます。
画像の手では、第二関節に当たるPIP関節がより握り込んでいると言えます。
握り込みは上肢全体にも悪影響
このような、手指の握り込みを放置することは良くありません。
一般的には、数週間動かさないと筋肉や関節が拘縮すると言われます。
しかし、個人的な印象では、24時間でも動かさなければ、既に筋肉の萎縮は始まると感じています。
さらに、手指の握り込みを放置することの弊害はそれだけではありません。
図は、腕から手にかけての筋肉の状態を描いています。
赤で薄く示しているのは何でしょうか?
これは、筋肉同士の連結のイメージです。
もちろん、個々の筋肉は独立して存在しています。
例えば、上腕二頭筋と手指の屈筋群は、全く別の筋肉です。
しかし、隣接する筋肉同士には、筋膜などで連結があります。
この筋膜などによる連結は、全身的なつながりすらあります。
例えば、頭の頂点から足の踵までは筋膜連結による連続性があります。
この事は、解剖学的には常識とは言えないかもしれません。
しかし、これを示唆するような文献は複数存在していることも事実です。
人間の身体は、個々の筋肉で動いていると言うよりは、複数の筋肉がパターン化して機能しているという側面があります。
スポーツコンディショニングなどでも有名なPNFというテクニッックは、これらの筋肉の働きのパターンを重視したトレーニングと言えるでしょう。
このようなことから、手指の握り込みは腕全体や上部体幹などへの影響もあると言えます。
画像は、先ほどの手の握り込みを呈している右腕を挙上しているところです。
手指が握り込んでいることに加えて、肘も曲がり、腕の上がりは不十分です。
手指の握り込みを放置することは、結果的には腕全体の機能の回復を遅らせることになるのです。
片麻痺の握り込みとウェルニッケマン姿位
ウェルニッケマン姿位とは?
片麻痺の握り込みは、何故表れるのでしょうか?
これは、手指や上肢に限局した痙性麻痺の問題なのでしょうか?
久留米脳梗塞リハビリサービスHPより
図は、片麻痺の典型的な姿勢を示したものです。
これを、ウェルニッケマン姿位と呼びます。
ウェルニッケマン姿位では、上肢は屈曲が優位となり、下肢は伸展が優位となります。
下肢に尖足(せんそく)が生じるのも、この姿位と関係があります。
握り込み手指の生理学
先ほどは、片麻痺の手の握り込みに関連した上肢の筋肉の解剖の図をご紹介しました。
しかし、片麻痺の握り込みなどの理解には、解剖の知識だけでは不十分です。
これには、生理学的な背景が大きく影響します。
看護roo! より
図は、
という記事でも引用したものです。
我々の筋肉には、多くの反射が関与しています。
その代表的なものが、伸張反射です。
この図はご存知の方も多いと思いますが、膝蓋腱(しつがいけん)反射と言います。
膝の皿の下にある膝蓋腱を打腱器などで叩くと、膝が勝手に伸展します。
このような反射のおかげで、我々は一々意識しなくても姿勢を保持することができます。
しかし、この反射は、上位中枢である脳からの影響を受けます。
脳卒中などにより、脳の機能に異常が生じると、脊髄などの下位の神経系への抑制が弱まってしまいます。
そうすると、この伸張反射がより極端に現れることになるのです。
そのため、常に手指や上肢の筋肉の緊張が高くなったり、僅かな刺激でも伸長反射が強く見られる結果となります。
片麻痺の手指の握り込みには、このような生理学的なメカニズムがあると言って良いのです。
片麻痺の握り込み手指は改善しないのか?
手の握り込みで悩んでいる患者さんやご家族にとっては、リハビリなどによって改善するかどうか?ということが大きな関心だと思います。
リハビリ以外にも、ボツリヌス療法と呼ばれるものもあります。
これは、医療機関にて筋肉注射をすることで痙性麻痺が緩むというものです。
ただ、これだけでは機能が回復するものではありません。
機能回復には、やはりリハビリが必要となります。
リハビリによる、片麻痺の上肢や手指の機能回復については、以下の記事が参考になります。
是非、ご一読ください。
脳梗塞の指先へのリハビリを解説|ストレッチよりも効果的な方法
脳卒中片麻痺の上肢リハビリの重要性全ての患者さんに必要なこと
これらの記事の中にあることを要約してみます。
- 病院などでのリハビリでは上肢手指は軽視される傾向にある
- 我が国では、下肢に比べて上肢手指は回復しにくいという定説がある
- 上肢手指の実用化が難しいのは、元々の役割が下肢よりも複雑であるから
- 海外の論文などでは慢性期も含めて上肢手指へのリハビリの成果が報告されている
- 従来のリハビリの方法にも改良の余地があるのではないか?
などです。
つまり、手指の握り込みなどの症状もけっして改善が困難ということではなく、慢性期に入ってからも可能性は残されているということです。
勿論、症状の程度や種類にはかなりのバリエーションがあります。
皆が同じレベルまで改善するということは言えません。
しかし、その人なりの改善の可能性は、多くのケースにあると考えています。
また、そのためには、リハビリの方法にもまだまだ向上の必要があると思います。
片麻痺の握り込み手指への新しい施術法
片麻痺の握り込み手指へのアプローチの現状
では、次に片麻痺の手の握り込みに対する施術法のご紹介をします。
従来の常識の範疇にとらわれない、新しい方法についてお話します。
その前に、片麻痺の手指の握り込みに対して、現在はどのようなリハビリアプローチが行われるのかについてお話しをいたします。
痙縮への治療
脳卒中治療ガイドライン2015
図は、脳卒中治療ガイドラインの中の、痙性麻痺への治療に関する部分です。
ここでは、痙性麻痺のことを痙縮(けいしゅく)と言い換えています。
この中では、前述のボツリヌス療法に加えて投薬や神経ブロックなどがグレードAやBなどの高い推奨度となっています。
リハビリ手法で、それに並んで記載されているのは、ストレッチや関節可動域訓練などです。
ストレッチについては、
の中で説明しています。
どうぞ、ご参照ください。
ボツリヌス療法や投薬などについての説明は、ここでは割愛したいと思います。
ただ、あくまで一般論ですが、どのような薬にもメリットとディメリットがあります。
ディメリットとは副作用のことです。
全ての投薬には、何らかの副作用があると言って良いと思います。
それに対して、リハビリについては、基本的に大きな副作用はありません。
もちろん、多少の痛みなどはあるかもしれません。
しかし、それは施術者の熟練度にも左右されます。
誤解を恐れずに言えば、熟練者によるリハビリ施術であれば、副作用はほぼ無いと言えます。
握り込みがある手指は、麻痺の重症度で言えば中等度〜重度と言って良いでしょう。
実は、軽度の麻痺については、脳卒中治療ガイドラインの中でも、もっといろいろな治療方法が紹介されています。
残念ながら、今のところは中等度〜重度の痙性麻痺については、ストレッチが最も推奨されるというのが現状と言わざるを得ないでしょう。
ストレッチの限界については、上記のコラムの中でも説明している通り、運動を学習する上では不十分な点があります。
では、それに対して、我々が考える新しいリハビリ施術方法についてお話しをしましょう。
振動刺激を用いる
握り込みのある手指は、一言で言えば硬くなった状態です。
硬くなった組織は、筋肉の中でも筋膜や腱などの伸縮性が失われています。
また、筋肉以外にも関節包や靭帯なども硬さがあります。
それに対しては、単にストレッチを行うだけでなく、振動により組織を緩めることが効果的です。
実際に、振動感覚のセンサーと言われているパチニ小体という感覚受容器は皮膚の表面ではなく、深層の組織に多く分布しており、関節包などにも存在します。
よく知られている事として、筋肉は、アクチンとミオシンという2種類の繊維の滑走により収縮弛緩をします。
筋肉が慢性的に硬くなった状態では、筋肉の繊維自体は痩せて萎縮するのに、筋膜が硬くなることで伸縮性を失います。
そのため、リハビリ施術においても、筋肉を伸ばすだけでなく、筋膜や関節包なども一緒に緩めることが重要と考えます。
画像は、筋膜リリースガンと言われる機器を使用している場面です。
硬くなった組織に振動を与えて、緩みを出しています。
分離した運動の促通を行う
握り込んだ手指にとっての次の回復段階は、分離した運動を次第に学習することです。
多くの場合は、手指全体が握りしめてしまい、緩むことや伸ばすことが困難です。
それに対して、施術では手技を用いつつ分離した運動を促通します。
図は、人差し指の分離運動を行なっているところです。
他の指に対して、人差し指だけが動くように運動を促通しています。
ここまで行うと、写真のように手指が緩んでくる場合が大半です。
通常のストレッチとの違いは、運動や感覚を伴うため学習を促しやすい点です。
握り込みの改善を上肢全体に波及させる
さらに、緩んだ手指の状態を上肢や上部体幹などにも波及させます。
実際に、前述の上肢筋肉の解剖の図から見ても、手指の緩みは上肢全体への影響があります。
図の左は、手指が緩む前の上肢挙上です。
そして、右は、手指に緩みを出した後の上肢挙上です。
上肢全体に効果があることが分かります。
右の方が、肘が伸びて上肢が上がりやすくなっています。
このように、リハビリ施術で重要なことは、ある部分に良い反応が出現したら、それを他の身体部位にも波及させるように工夫することです。
このような配慮の有無が、中期的な改善にも影響します。
ご説明した、「片麻痺の握り込み手指への新しい施術法」については、私たち、久留米脳梗塞リハビリサービス のオリジナルアプローチの部分が多くあります。
もし、興味や疑問を持たれた場合は、気軽にお問い合わせいただけると幸いです。
片麻痺の握り込みはリハビリで改善するか?手指の緊張緩和法のまとめ
片麻痺の握り込みが手指に見られるのまとめ
脳梗塞などの脳卒中により片麻痺になると、しばしば麻痺側の手指に握り込みが見られます。
手指の握り込みは、腕全体や上部体幹などへの影響もあります。
片麻痺の握り込みとウェルニッケマン姿位のまとめ
片麻痺の手指の握り込みには、ウェルニッケマン姿位が関係します。
また、手指の握り込みには、伸張反射の亢進などの生理学的背景があります。
片麻痺の握り込み手指は改善しないのか?のまとめ
海外の論文を参照すると、手指の握り込みなどの症状もけっして改善が困難ということではなく、慢性期に入ってからも可能性は残されていると言えます。
片麻痺の握り込み手指への新しい施術法のまとめ
現在、主流のストレッチなどに加えて、様々な工夫を用いることが重要です。