片麻痺リハビリの下肢プログラム
片麻痺の下肢リハビリのエビデンス
今回は、片麻痺リハビリの下肢プログラムについてご説明したいと思います。
先ずは、我が国におけるエビデンスを確認しましょう。
歩行障害のエビデンス
脳卒中治療ガイドライン2015より
図は、脳卒中治療ガイドラインにおける、歩行障害へのリハビリテーションについてです。
実は、脳卒中治療ガイドラインには、下肢のリハビリという項目はありません。
その代わりに、歩行障害へのリハビリについてのエビデンスが書かれています。
ここには、歩行障害へのリハビリについて、下肢装具、電気刺激法、トレッドミル歩行、ロボットの使用などが紹介されています。
しかし、残念ながら、一般的にリハビリスタッフが行う下肢へのリハビリについては、あまり触れられていないようです。
たしかに、トレッドミル歩行やロボットを用いたリハビリなどは、近年注目されています。
しかし、これらは、少し特殊な装置を用いるものです。
病院や介護機関における、全てのリハビリ施設にこれらが常設されているというものではありません。
一方、理学療法士や作業療法士などのリハビリスタッフによるアプローチは、大変日常的なものです。
そのような、通常のリハビリプログラムの追及も大事なのではないでしょうか?
勿論、エビデンスは重要です。
しかし、エビデンスだけでは方針が決定できないことがあることも忘れてはいけません。
エビデンスの問題点については、以下のコラムが参考になります。
片麻痺リハビリの上肢プログラム|20分でも改善する方法とは?
どうぞ、ご参照ください。
実際の現状
では、一般的なリハビリ現場においては、下肢や歩行障害へのリハビリはどのように行われているのでしょうか?
それは、ストレッチなどの関節可動域(ROM)訓練や筋力訓練、歩行訓練などに集約されることが多いと思います。
しかし、これだけでは、片麻痺の下肢機能自体を改善するプログラムとしては不十分かもしれません。
下肢機能も改善しつつ、歩行訓練も行うことが理想なのではないでしょうか?
そこで、ここからは、片麻痺の下肢機能や歩行を改善するリハビリプログラムについての理論と実際をご説明したいと思います。
片麻痺リハビリの下肢プログラムの理論
中枢パターン発生器の存在
私たちが、自発的に行う運動を随意運動といいます。
意外なことかもしれませんが、この随意運動の大半は無意識下でコントロールされています。
我々は、歩行をする際に、下肢の動きを考えることはありません。
自然に、プログラミングされた運動が自動制御的に行われます。
大切なことは、歩き始めと歩き終わりに意思を示すことだけです。
そのようなパターン化された運動制御は、主に脳幹や脊髄で行われます。
このような機構のことを、中枢パターン発生器(Central Pattern Generator:CPG)と言います。
以下にCPGについての説明を引用します。
歩行、呼吸、咀嚼などの運動リズムを作る中枢神経機構を中枢パターン発生器(Central Pattern Generator:CPG)という。歩行の中枢パターン発生器は脊髄の頚膨大部と腰膨大部の左右1対ずつ、四肢それぞれに対応して存在する。
中枢パターン発生器について
尾崎繁ら 「運動の神経科学」NAP Limited より
しばしば、片麻痺になり歩けなくなる理由を、下肢の運動麻痺の影響とだけ考える場合があります。
しかし、実は、あまり動かないと思われる下肢であっても、体幹を支えてベルトコンベアーのようなところに乗せると下肢が勝手に歩行のような動きを示すことがあります。
前述の治療ガイドラインにもありましたが、このようなリハビリのことをトレッドミル歩行訓練と呼びます。
このことから分かることは、歩行獲得には下肢の運動以外にバランスや体幹の働きが重要ということです。
もし、下肢が重度麻痺であっても、体幹やバランスが十分改善できれば、CPGの働きにより歩行は可能となります。
体幹が安定すれば歩行は向上
体幹も模式図
The Endless Webより
図は、体幹の模式図です。
体幹の中には、内臓があり、外側では体幹の筋肉群や骨格がそれを覆っています。
そして、体重に対する重量比でも体幹が大半を占めています。
このような体幹を制御することが、バランスに直結します。
体幹機能を伸ばすには、やみくもに筋トレを行うのではなく、重心を支持基底面の中の適切な位置に保ち、一見静的に見える姿勢においても細かな重心移動を行うことが重要です。
このような練習は、実際に、座位や立位、片脚立位などのやや難しい姿勢でなければ行えないものです。
姿勢については、以下の記事を参考になります。
どうぞ、ご参照ください。
2つのタイプの麻痺
内側運動制御系と外側運動制御系
高草木薫 大脳皮質・脳幹ー脊髄による姿勢と歩行の制御機構
この図は、こちらのコラムでもしばしばご紹介しているものです。
我々の身体における、2種類の運動制御系を示しています。
かなり専門的な内容なので、簡単にご説明します。
AとBの二つの図が示されています。
どちらとも、脳を中心とした神経系における情報伝達の流れと、そこに関連する身体部位が図示されています。
どちらも、右の脳半球から出発した神経路が脊髄まで下降している図です。
Aの方は、内側運動制御系と言います。
これは、神経下降路が内側を通ることから名付けられています。
Bは、逆に外側運動制御系と言います。
これは、神経下降路が外側を通ることから名付けられています。
注目していただきたいのは、ヒトの図の色がついている部分です。
Aの内側運動制御系では、青で描かれている部分が目立ちます。
上下肢の末梢部にあたる手や足以外の、左右の体幹や四肢の近位部などに神経路が到達していることがわかります。
一方、Bの外側運動制御系では、右の脳半球から出発した神経路は左半身に到達しています。
丁度、赤で示されている部分です。
その中でも、特に赤色が濃いのは、左の手や足などです。
このように、青と赤で示された図の部分は、2種類の運動制御系が支配する身体の領域となります。
そして、それは、仮に脳梗塞などにより片麻痺になった場合に麻痺が生じる部位ということでもあります。
よく、右の脳半球の脳梗塞では、左半身の片麻痺になると言われています。
それは、Bの赤で示された図のイメージです。
そして、赤色が濃い部分の麻痺はより強くなります。
この、Bの麻痺のタイプは痙性麻痺となります。
筋肉の緊張が高いため、手足が硬くなるようなタイプの麻痺です。
手指が握り込んだり、足首が尖足(せんそく)になるような麻痺です。
手指の握り込みについては、以下の記事が参考になります。
また、下肢の尖足については、以下の記事が参考になります。
よろしければ、ご参照ください。
一方で、Aの青で示された方の麻痺はBとは異なります。
これは、筋肉の緊張がむしろ低下して働きが弱くなるようなタイプの麻痺です。
このように、AとBの図から分かることは、片麻痺では、手足が硬くなるだけでなく筋肉の働きが低下するような麻痺が生じることです。
そして、それは、必ずしも麻痺側だけでなく、非麻痺側や体幹なども含めた広範囲に存在するということです。
つまり、片麻痺下肢へのリハビリでは、この両方のタイプの麻痺に対応する必要があるということなのです。
片麻痺リハビリの下肢プログラムの実際
では、実際に片麻痺下肢へのリハビリプログラムの一例をご紹介します。
振動刺激の効果
筋肉の緊張が高くなるような痙性麻痺に対しては、緊張を緩和することが必要です。
そのためには、振動刺激が有効な場合が多いです。
図は、尖足などのように筋肉の緊張が高まりやすい足部に対して振動刺激を行なっている場面です。
振動刺激は、筋肉を包む筋膜や関節包などに作用します。
尖足を改善して足首に動きを
振動刺激に続いて、足首の動きを改善します。
一般に、尖足にはストレッチなどの他動運動が用いられます。
ここでは、それに加えて背屈の運動を促通しています。
背屈とは、足首を上にあげる運動です。
尖足がある際には、とても難しい運動です。
しかし、尖足がある場合でも足首の背屈を引き出すことはできます。
尖足へのアプローチについては、以下の記事が役に立ちます。
どうぞ、ご参照ください。
運動連鎖アプローチ
運動連鎖
T.W.Myers 「Anatomy Trains」より
図は、下肢の運動連鎖を示した図です。
人間の身体には、206個の骨と640もの筋肉があると言われています。
しかし、人間はそれらを個々に動かしているわけではありません。
人間の運動は、運動連鎖により行われている側面があります。
例えば、仰向けに寝て膝を伸ばしたまま脚を広げてみます。
このような運動を外転と呼びます。
この時に、足首は自然と上向である背屈や外返しになっています。
逆に足首を下向きや内向きにして、脚を外転しようとすると違和感がないでしょうか?
このような例は、他にも沢山あります。
リハビリで大事なことは、この運動連鎖を考慮して身体を動かすことなのです。
下肢と体幹の活動を改善
次の場面は、足底に軽い抵抗を与えつつ下肢の運動を行なっています。
そして、さらに下肢の向きを上向きに変えてゆくことで、腹筋群などの体幹の活動も改善します。
下肢単独の動きが改善しても、それが歩行に直結するとは限りません。
歩行には、バランスや重力に抗した状態での体幹の働きが重要です。
特に、歩行では体重を支える立脚相がより大事です。
片脚立位の姿勢で、立脚相の準備を行います。
回復期後も歩行は改善する
図は、ある右片麻痺の方の歩行の変化を示しています。
左図は、発症から6ヶ月を経過して回復期リハビリ病棟を退院した時点での歩行です。
平行棒内でようやく歩行訓練をしていますが、姿勢が前傾となり体幹の活動が低くバランスが悪い状態です。
右図は、それから3か月を経過した時点での歩行です。
杖歩行が可能となりました。
下肢の運動だけでなく、姿勢やバランスも改善しつつあります。
このケースは、60代後半と比較的若く、意欲もありました。
このようなケースにおいては、回復期終了後も下肢機能や歩行が改善する可能性があります。
現在の医療や介護の体制では、脳梗塞などにおいては発症から半年程度は回復期リハビリ病棟などで濃厚にリハビリが実施されます。
しかし、それに比べて、退院後では大きくリハビリ量が減少することが問題です。
もし、退院後にリハビリ量やリハビリ時間が不足していると感じた場合には、介護保険のデイケアなどに併せて自費リハビリや保険外リハビリを併用することをお勧めします。
片麻痺リハビリの下肢プログラムの実際のまとめ
片麻痺リハビリの下肢プログラムのまとめ
歩行障害へのリハビリのエビデンスについては、下肢装具、電気刺激法、トレッドミル歩行、ロボットの使用などが紹介されています。
医療や介護の現場では、それら以外にもストレッチなどの関節可動域(ROM)訓練や筋力訓練、歩行訓練などが行われます。
片麻痺リハビリの下肢プログラムの理論のまとめ
片麻痺リハビリの下肢プログラムにおいては、様々な理論が必要です。
神経生理学などの、様々な知見を用いて科学的にアプローチすることが必要です。
片麻痺リハビリの下肢プログラムの実際のまとめ
脳梗塞などでは、回復期のリハビリが終了した時点では、未だ発症から半年程度です。
回復期終了後も、効果的なリハビリにより歩行が自立に向かうことは大いに期待できます。