片麻痺の肩の亜脱臼へのリハビリ方法|姿勢・肩甲骨・上肢の機能改善  

片麻痺の肩の亜脱臼とは

脳梗塞などにより片麻痺になると、しばしば、麻痺側の肩関節に亜脱臼が見られます。

肩の亜脱臼

P.Davise 「Steps to Follow」より

図は、冨田昌夫 監訳のDavise著の「Steps to Follow」からの引用です。
右片麻痺の女性の写真です。
背面から見ると、麻痺側の右に身体が傾いています。
そして、肩の部分を前面から見ると亜脱臼があることがわかります。
このような、上腕骨の骨頭が関節窩の正常な位置から逸脱しているケースは、非常に多いものです。
急性期には、大半に見られるという報告もあります。

肩関節の亜脱臼と聞くと、多くの人は大問題と考えます。
外傷などで肩関節が脱臼したことを連想する方も多いのではないでしょうか?
また、亜脱臼と同じように生じやすい肩関節の痛みと結びつけて考えられる場合も多いようです。
つまり、亜脱臼があること=肩が痛い! ということです。
しかし、亜脱臼がある肩の全てに痛みがあるわけではありません。
実際に、亜脱臼の問題と痛みの問題は分けて考えるべきであると述べる専門家も少なくありません。

たしかに、肩の亜脱臼は小さな問題ではありません。
しかし、リハビリの臨床的には、あまり問題視し過ぎることも良くありません。
例えば、亜脱臼があると肩を傷めやすいのでなるべく保護的に安静を保つという考えかたです。
肩の保護のため、アームスリングという腕を吊り下げる道具を使って、腕が下垂しないようにして歩行訓練を行う場面があります。
アームスリングが分からない方は、三角巾で腕を保護するような状況を想像していただけると良いと思います。

実際に、腕が下垂するとバランスに悪影響があるため、アームスリングや三角巾には一定の意味があります。
しかし、だからと言って、そのまま肩を保護して腕を動かさない状況を続けたらどうなるでしょうか?
当然、上肢の機能回復は遅れます。
中には、発症から数年経過しているケースが、未だにアームスリングを装着したままという場合もあります。
もし、歩行時以外にも、1日の大半でアームスリングを装着したままだとすれば、残念ながら上肢の
機能回復は期待できないでしょう。

亜脱臼について重要なことは、

  • 肩の亜脱臼は必ずしも痛みの原因ではない
  • 肩の亜脱臼は、適切な対応を行えば改善する可能性がある
  • 肩の亜脱臼を過度に怖がって肩を保護しすぎると機能回復の機会が失われる
  • 肩の亜脱臼や痛みは、リハビリにより改善する余地が大きい

ということだと思います。
次には、リハビリによる亜脱臼の改善についてご説明します。

片麻痺の亜脱臼はリハビリで改善するか?

亜脱臼がリハビリで改善するのか?
答えは「はい」です。

その前に、何故、片麻痺の肩には亜脱臼が起きるのかを考えてみましょう。
けっして、外傷を受けたわけでもないのに亜脱臼が起きます。
それは、麻痺があるからでしょうか?
麻痺が原因であるとすれば、片麻痺が無い場合でも完全に肩の力が低下すると亜脱臼が起きるのでしょうか?
考えてみれば、疑問に感じますよね。
たしかに、片麻痺により肩の運動麻痺が生じることは原因の一つです。
しかし、それだけが原因ではありません。
元々、我々の肩関節には関節包や靭帯が存在しています。
つまり、仮に筋力が全く無くても、肩関節には亜脱臼を起こさないようなメカニズムが存在するのです。

では、片麻痺の場合は、何故、亜脱臼が生じるのか?ということですが・・・
それは、片麻痺が体幹を含めた半身麻痺であることに起因します。
体幹とは、簡単に言えば、顔や腕や脚以外の部分全体です。
肩周囲では、肩甲骨や脊柱が含まれます。
冒頭の片麻痺の写真でお気づきのことがあるでしょうか?
片麻痺は多くの場合、麻痺側に体幹が傾きやすくなります。
それから、肩甲骨の周囲筋も麻痺するため、肩甲骨も正しい位置を維持できません。
これらの、体幹や肩甲骨の位置の悪さが、前述の関節包などを緩めてしまうのです。
その時に、筋肉に適切な収縮が生まれない場合に亜脱臼が起こります。

つまり、亜脱臼の改善を目指す場合には、肩関節だけを見ていては不十分です。
姿勢の傾きや肩甲骨の位置を正しくするリハビリが必要なのです。
その上で、肩周囲の筋肉の回復を促通することが大事です。

肩甲骨の位置で亜脱臼は改善

P.Davise 「Steps to Follow」より

図は、先ほどと同じ文献からの引用です。
肩甲骨の位置を正すだけで、肩の亜脱臼が軽減していることを示しています。
こちらの女性は、左片麻痺です。
左側の写真では、赤い丸で囲んでいる部分に肩の亜脱臼が見られます。
それに対して、右側の写真では、肩甲骨の下角と呼ばれる部分を操作しています。
そうすると、肩の亜脱臼が軽減していることが分かります。
肩関節の受け皿に当たる臼蓋(きゅうがい)は、肩甲骨にあります。
肩甲骨の位置により、亜脱臼の程度が変化するのです。
このように、肩の亜脱臼には、姿勢や肩甲骨を含めた全身の中の肩という視点でのアプローチが有効と考えます。

私も、最近、亜脱臼や肩の痛みを改善したケースがいます。
以下に、そのケースをご紹介します。

その方は、リハビリ病院を退院後も、アームスリングをつけたままでした。                                                                                                        そして、いつ外せば良いかなどの説明を受けたことすらありませんでした。                                                                                                      それにより、下肢は歩行訓練ができるまでに回復しているにもかかわらず、上肢は全く動かない状態でした。                                                       痛みが出るからという理由で、肩の自主訓練なども行っていない状況でした。                                                                                                 私が、「これからリハビリで改善するので、アームスリングを外しても良いですよ」というと、喜んで外されました。それから、3ヶ月後の現在では、亜脱臼が目立たなくなり、肩の痛みもほぼ無くなったことに伴い、腕の回復が進みました。                                                                                      具体的には、腕を胸の高さ程度まで挙げられるようになり、握りしめていた指もほぐれて刺激により伸びる運動が可能となりました。                                        実は、この間、姿勢やバランスの改善に取り組んでいたのですが、それにより歩行機能も改善しました。                                                             平行棒内歩行訓練の段階から、1本杖歩行を監視で行えるまで回復しています。                                                                                            この方は、発症半年でリハビリ病院を退院していますので、未だ発症から一年以内です。                                                                                 今後も、リハビリにより継続的な上下肢の改善が期待できると考えています。

このケースのように、亜脱臼があったとしても、肩を過度に保護するのではなく、適切にアームスリングを外して、きちんとしたリハビリを体幹や上肢に行うことが大事です。
もし、ご本人が怖がってアームスリングを外せない場合は、先ずはリハビリの時間だけでも良いと思います。
アームスリングを外して、痛みが出ないことを確認していただき、腕が少しでも動くことを経験してもらうことが大事です。
それを繰り返す内に、ご自身で外すべきタイミングを考えることが可能となります。
周囲の姿勢としては、決して強制しないことがよろしいかと思います。

片麻痺の腕を固定することの弊害

ここまで、片麻痺の亜脱臼状態の肩をアームスリングや三角巾で固定することの弊害について、上肢の機能改善という視点でお話ししました。

亜脱臼に対してアームスリングの効果は明らかではない

脳卒中治療ガイドライン2015

図は、日本のリハビリ医学会で用いられている脳卒中治療ガイドラインです。
実は、この中に、亜脱臼に対してアームスリングの効果が明らかでないということが示されています。
これは、複数の論文を検索したシステマティックレビューという手法において、アームスリングの効果が明確でないという内容です。
以下に論文のリンクを貼っておきます。

脳卒中後の肩の亜脱臼を予防および治療するための支持装置

片麻痺の腕を固定することの弊害はそれだけではありません。
それは、バランスの回復という点においてです。
先ほど、立位バランスを悪くしないためにアームスリングなどが有効であると述べました。
しかし、真の意味でバランスを回復させるためには、むしろアームスリングを外してトレーニングすることも重要です。
これは、皆さんでも、自分の身体を使って確認することができます。
察しの良い方は、すでにお分かりでしょう。
例えば、片脚立ちをしてみてください。
この時に、上肢を自由な状況にしておくと、バランスをとるために腕を使いやすいことがわかります。
次に、腕を身体に密着させて離れないようにしてから片脚立ちを行います。
丁度、アームスリングや三角巾で固定されているような状態です。
このような状態だと、上肢でバランスがとれなくなります。
人によっては片脚立ちができないかもしれません。
もし、分かりにく場合は、閉眼で行ってみてください。
より一層、上肢の状態とバランスの保ちやすさの関係が理解できることでしょう。
ただし、くれぐれも転倒にはご注意ください。

片麻痺の腕を固定することの弊害は、他にもボディイメージの低下などへの影響もあると言われています。
健常な人は、仮に目を瞑っていても、自分の身体の状態がわかっています。
我々は、狭いところをすり抜ける時に、いちいち足元を見なくてもぶつかることはあまりありません。
このような機能の背景にあるのは、身体図式やボディイメージなどと呼ばれる機能です。
ボディイメージとは、脳内で自分の身体の状況が無意識に思い描けることです。
しかし、脳内のボディイメージは、身体の状況の変化により変わってしまうことがあります。
有名なのは、切断の例でしょう。
幻肢や幻肢痛という現象が知られています。
切断により失った上下肢の部位が、未だあるように錯覚されたり、その部位が常に痛むなどの症状に悩まされます。
これは、元々持っている脳内のイメージと、切断により上下肢の一部を失ったことによるギャップが関係しているものです。
片麻痺においても、麻痺側の手が無視されたり、常に痛みが感じられるなどの症状が見られます。

以上のように、片麻痺の腕を固定することの弊害は、様々な局面に存在すると言えます。
ただ、上記のような説明を、これまで医療従事者から受けたことが無いという方々も多いでしょう。
現在の、片麻痺のリハビリでは、入院期間が限られていて、歩行や片手での日常生活動作の自立への訓練を行うだけで精一杯という状況になっています。
そのため、かつてのように、麻痺側の上肢などを改善させることをあまり真剣に考えることができないような現場が多くなってしまいました。
これも、発症から180日以内に医療のリハビリを終了しなければならないというプレッシャーの負の影響でしょう。

医療のリハビリの日数制限については、
リハビリ難民200万人時代|リハビリ難民の定義・実態・解決策

というコラムが参考になります。
よろしければ、ご一読ください。

ここで、効果が明らかでないアームスリングや三角巾が何故使われるのか?という疑問が浮かびます。
これは、医療側が過度に肩の痛みなどを恐れているからだと思います。
患者側も、医師などに説明されるとそれを受け入れてしまうのだと思います。
近年は、患者の権利意識が高くなり、その結果医療機関もクレームや訴訟を受ける危険性が高くなりました。
そのような状況では、どうしてもリスクを減らす方にばかり気持ちが向かいます。
しかし、リハビリには、常に一定のリスクが伴います。
例えば、歩けない人を歩かせるだけでも、とても大きなリスクを負っているのだと思います。
現在の社会や医療界の風潮が、リスクを避ける方にばかり向いてしまうことは、リハビリにおいては必ずしも良いこととは言えません。

片麻痺の亜脱臼は積極的なリハビリで改善する

亜脱臼改善への姿勢リハビリ

それでは、片麻痺の肩の亜脱臼改善へのステップを見てみましょう。
基本的には、体幹や肩甲骨などの全身状態を良くしつつ肩にもアプローチするという考え方です。

図は、姿勢やバランスのおける立ち直り機能の練習場面です。
冒頭の写真のように、片麻痺は麻痺側に体幹が傾きやすいものです。
それに対して、立ち直り機能を促進してゆきます。
麻痺側に重心を移しつつ、体幹の筋肉を働かせてゆき、麻痺側の身体を立ち直らせてゆきます。

亜脱臼改善への肩甲骨リハビリ

次に、体幹の立ち直りに合わせて肩甲骨の動きを正しく誘導します。
肩甲骨は、人間の骨の中では、少し特徴的な点があります。
他の骨のようには、靭帯などであまり固定されておらず、比較的に自由に動くことができます。
背中の肋骨の上を、様々な方向へ滑走することが知られています。
肩甲骨は、特に姿勢との関連性が強いのです。
亜脱臼の改善には、姿勢の変化に応じた肩甲骨の動きを促通することが大事です。

同じように、側臥位でも肩甲骨の動きは引き出しやすいものです。

亜脱臼改善への上肢リハビリ

それらの、姿勢や肩甲骨の運動に加えて、上肢や肩関節自体の動きも促通してゆきます。

上肢のリハビリ方法については、

脳卒中片麻痺の上肢リハビリの重要性

という記事が参考になります。
一度、ご覧ください。

ここまでの説明の流れにのって、肩関節の動きを引き出します。
正しい肩関節の動きには、正しい姿勢や正しい肩甲骨の状態が準備されることが大事です。

片麻痺の肩の亜脱臼へのリハビリ方法のまとめ

片麻痺の肩の亜脱臼とはのまとめ

脳梗塞などにより片麻痺になると、しばしば、麻痺側の肩関節に亜脱臼が見られます。
亜脱臼は、リハビリによって改善が期待できます。

片麻痺の亜脱臼はリハビリで改善するか?のまとめ

片麻痺の亜脱臼の背景には、姿勢や肩甲骨の状態が関係します。
アームスリングなどは、リハビリ状況に応じて段階的に外してゆきます。

片麻痺の腕を固定することの弊害のまとめ

片麻痺の亜脱臼に対して、アームスリングの効果は明確ではありません。
これは、複数の論文のシステマッティックレビューによって結論づけられています。

片麻痺の亜脱臼は積極的なリハビリで改善するのまとめ

片麻痺の亜脱臼に対しては、姿勢、肩甲骨、上肢などへのリハビリアプローチが有効です。

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