片麻痺の階段昇降を後向きで行う理由|運動面と心理面の影響とは? 

片麻痺の階段昇降の方法

階段や段差は避けられない

階段昇降は、片麻痺の方にとっては難しい動作の一つです。

居室が2階にあったり、集合住宅などで階段が存在することはよくあります。

また、本格的な階段でなくとも、数段の段差を避けることは難しいでしょう。

昨今、いくらバリアフリーの住宅が普及しても、必ず段差や階段には遭遇します。

日本の建築基準法では、基本的には床下を450mm以上設けることが定められています。

そのため、玄関ポーチには数段の段差が存在することが通常です。

麻痺の方で、歩行が可能な場合でも、階段昇降は大きな障壁と感じる方は少なくないでしょう。

階段の代わりにスロープを設けている箇所もありますが、歩行能力が不十分な状況では長いスロープを利用することの方がより難しいことも多いのです。

また、階段は、昇るだけでなく降りることも必要です。

健常な方は見過ごしがちかもしれませんが、階段を降りることには身体的以外にも心理的なストレスが無視できません。

しばしば例にされることとして、スキーの下り坂があります。

スキー場で下り坂を滑る場合は、上りよりもはるかに緊張するものです。

精神的に緊張すると、何故か下り坂の勾配がよりきついものに感じられることはないでしょうか?

そのように、片麻痺の方にとっては、階段の下りは言わば鬼門にも思える時があるのです。

今回は、そのような階段昇降について、考えてみたいと思います。

階段を昇る方法

先ずは、階段を登ってみましょう。

階段を昇る

写真は、右片麻痺の方が非麻痺側である左手で手すりを持って階段を登る場面です。

階段を昇る

手すり(杖)を持つ→非麻痺側下肢→麻痺側下肢→両足を揃える

基本的には、この順番で行います。

昇る時は、重力に抗する動きになるので、非麻痺側を先に段上に上げてから身体を引き上げる必要があります。

この際に難しいのは、3コマ目の写真の麻痺側の脚を持ち上げる動作かもしれません。

麻痺側の下肢には、尖足(せんそく)と呼ばれる症状や分回し(ぶんまわし)歩行と呼ばれるような動き方が見られる場合があります。

尖足については、以下の記事が参考になります。

片麻痺の尖足の原因はなにか?|足首ストレッチではダメな理由

また、分回し歩行などの、片麻痺の歩行の特徴については、以下の記事が参考になります。

片麻痺の歩行の特徴とは?分回し歩行を解決するリハビリ方法について

どうぞ、ご参照ください。

尖足とは、麻痺側の足首が下向きに固定される症状です。

脳梗塞などによる片麻痺では、上下肢に筋肉の緊張を伴った麻痺が生じる場合があります。

その際に、下肢には尖足が見られます。

分回し歩行とは、尖足がある場合などで、つま先が床に引っかかることを避けるために下肢全体を大きく回すようにスイングする歩行のことです。

これらの動作に共通することは、膝関節に分離した運動が見られないということです。

我々は、下肢を降り出す時に、通常は膝が緩んで振り子のように下腿を惰性で動かすことが特徴です。

しかし、上記のような症状では、膝に緩みが出にくくなるのです。

こちらの写真においても、膝が緩まずに下肢を外に振り回すようにして持ち上げようとすることがわかります。

片麻痺の階段昇降での降りる動作

前向きに降りる方法

次は、階段を降りる動作です。

階段を前向きに降りる

図は、右片麻痺の方が階段を前向きに降りる場面です。

階段を前向きに降りる

手すり(杖)を持つ→麻痺側下肢を降ろす→非麻痺側下肢を降ろす→両足を揃える

基本的には、この順番で行います。

降りる場合は、非麻痺側下肢で体重を支えつつ麻痺側下肢をゆっくりと降ろす必要があります。

仮に、非麻痺側下肢を先に降ろそうとすると、多くの場合は下肢の支持性が不足して困難となるでしょう。

しばしば、この際に難しいのは、麻痺側下肢を降ろす際に下肢が内側に入るなどして、足の位置が定まらないことです。

写真では、赤丸で囲んでいます。

これは、大腿の前面部に存在する筋肉の中に、下肢を内側に寄せるものが多いことと関係します。

大腿・股関節の筋肉を前から見た図

図は、大腿や股関節を前から見たものです。

特に、大腿に付着する筋肉の内、内転という大腿を内側に寄せることに働く筋肉を示したものです。

また、内転筋には、大腿の前部に付着部を持つため、内転と共に屈曲という下肢を前に曲げる動きを行うものがあります。

インナーマッスルとして有名な腸腰筋も、様々な機能と共に内転の機能を有します。

このような、筋肉の付着部や走行との関係もあり、片麻痺では前の写真のように、下肢が内側に入りやすいのです。

さらに、尖足や分回し歩行があるようなケースでは、特に足首が内返しになってしまう場合もあります。

よって、実際の動作においてはこの部分は慎重に行わないと、転倒や転落、足首の捻挫のリスクなどがあります。

降りる動作の方が難しい

運動面の理由

階段昇降は、一般的に降りる方が難しいと言われています。

下肢の運動面から見ると、写真のように下肢が内側に入ってきたり、足首が内返しになるなどの問題が生じやすいからです。

この問題については、以下の論文が参考になります。

片麻痺13例 平均年齢58.8±15.8歳 片麻痺の13例中5例で前向きに階段を降りることが困難だった


青木ら 片麻痺患者の階段の降り方 後方アプローチの有効性の検討

こちらの論文の中でも、前向きに階段を降りる時に麻痺側下肢が内側に入って危険なことを示唆しています。

また、その際の心理的不安感もかなりあったことを述べています。

これに対して、階段を後ろ向きに降りる動作を試したところ、動作速度や不安感において改善が見られたそうです。

さらに、後ろ向きの場合は、前向きの際に見られたような下肢が内側に入る傾向は観察されずに、比較的安全に動作を行うことが可能であったことを結論づけています。

心理面の理由

では、次には、階段を前向きで降りる場合の心理的な問題について考えて見たいと思います。

我々は、何故、高い場所から下を見下ろして下ろうとする時に、昇るときよりも不安感があるのでしょうか?

これについては、ギブソンという人に関連した書籍が参考になります。

人間の奥行きの知覚には複数の要素があるj



佐々木正人 「アフォーダンスー新しい認知の理論」岩波書店

この文献の中では、人間の奥行きの知覚には複数の要素が関係していることが書かれています。

通常、我々には、視覚で奥行きを適切に把握できる機能があります。

その機能は、

  • 両眼視差
  • 視覚的流動
  • 見えの変化

などと言われています。

両眼視差とは、両方の目で対象を捉えることで、距離感が適切に把握できるというものです。

視覚的流動とは、我々が前後に動くような時に、周辺視野に現れる光学的な視覚像の流れです。

例えば、普通に歩いている時と、車に乗っている時では、周辺視野の流れの速さや範囲が変わります。

スポーツカーのような視点が低い車に乗ると、地面が近いため、速度による地面の流れがより速く感じます。

このような、視覚的流動も奥行きの知覚に役立つと言われています。

さらに、ギブソンは見えの変化も重要と言っています。

これは、例えば、どこか一点を見つめた状態を維持して身体を少し前に傾けると視覚像は少し拡大します。

逆に、少し身体を後ろに遠ざけると視覚像は僅かに小さくなります。

このように、自身の身体の動きによっても、奥行きの知覚は変化します。

では、高いところから下を見下ろすことを想像してみましょう。

下の景色は、下側の視野に映ります。

高いところから下を見ると恐怖心を感じると共に、身体は少し後ろにのけ反り気味となります。

そうすると、下側の景色は小さくなると共に、周辺視野の中で流動が起こるかもしれません。

我々の視覚には、無意識のうちに、このようなことが起こっているのです。

スキーの初心者が勾配をよりきつく感じるのは、身体も緊張して仰け反りの度合いが強くなるからかもしれません。

上記のことは、もしかしたら、仮説の域を抜けていないかもしれません。

ただ、身体に不自由さを抱えている片麻痺の方であれば、健常者よりも一層の影響を受けるのではないでしょうか?

そのようなこともあり、片麻痺の方が階段を降りる際には、前向きよりも後ろ向きの方が不安が少ないということが言えるのかもしれません。

片麻痺の階段昇降時に後向きで降りる

後向きで降りる方法

では、実際に後ろ向きで階段を降りる動作を見て見ましょう。

階段を後ろ向きで降りる

後ろ向きの場合は、

階段を後ろ向きで降りる

手すり(杖)を持つ→麻痺側下肢を降ろす→非麻痺側下肢を麻痺側→両足を揃える

ということになります。

後ろ向きで降りる運動面のメリット

写真では、前向きのように下肢が内側に入ってくることはありません。

昇りと同じように、膝関節の分離した運動が見られないため、身体全体を非麻痺側に倒して下肢の動きを代償している様子があります。

しかし、前向きに降りる時に見られたような、下肢が内側に入り足首が内返しになるようなことがないため安定感があります。

また、非麻痺側手で手すりを把持すると共に、身体を手すり側に傾けることが容易なため、体重がしっかりと支えられている状況となります。

後ろ向きで降りる心理面のメリット

このような、運動面の安定感は、結果的に心理的な安定性ももたらします。

視覚的な面での不安感もなくなるため、心理面への影響も良いようです。

前述の青木らの研究では、動作時間の短縮と共に不安感が軽減したという結果が得られています。

心理面には、様々な要素が関係しますが、人間にとっては視覚的な情報の影響がとても大きいものです。

後向きで降りる注意点

勿論、後ろ向きで階段を降りる場合にもリスクや注意点はあります。

当然、後方に足を伸ばす訳ですから、別の意味での不安感があることは予測できます。

しかし、通常は登った後に降りることを考えると、段の高さや踏み面(づら)の幅などはすでに把握できています。

その上で、心身両面に安定感を得られることが、後ろ向きで降りることのメリットだと思われます。

片麻痺の方にとっては、どのような練習も最初は難しいものです。

慣れるまでは、階段を踏み外すことがないように、介助者の誘導が必要なことは言うまでもないことでしょう。

片麻痺の階段昇降を後向きで行う理由|運動面と心理面の影響とは?のまとめ

片麻痺の階段昇降の方法のまとめ

片麻痺の方にとっては、階段昇降は比較的に難しい動作の一つです。

また、階段以外にも日本の家屋には玄関の段差なども多く、練習が必要な動作と言えます。

片麻痺の階段昇降での降りる動作のまとめ

片麻痺の方の階段昇降では、昇る動作よりも降りる動作の方が難しい場合があります。

そこには、運動面の理由のみならず心理面の理由もあります。

片麻痺の階段昇降時に後向きで降りるのまとめ

階段昇降で前向きに降りる動作が困難な場合でも、後ろ向きに降りることは可能なことがあります。

後ろ向きに降りることには、運動面や心理面のメリットがある反面、注意点もあります。

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