目次
VRカグラはリハビリ医療機器
さくら先生!
今回は、今話題のVR(仮想現実)を利用したリハビリについて教えてください。
mediVRカグラ¡ですね!
たしかに、最近注目されていますね。
最近、大阪や東京に加えて福岡にもリハビリセンターがオープンしています。
わかりました。
では、今回は、mediVRカグラについて学んで行きましょう。
mediVRカグラは仮想現実技術を応用したリハビリ用医療機器
mediVRカグラは医療機器
mediVR HPより
まず、重要なことは、mediVRカグラは、仮想現実(VR Virtual Reality )技術を応用したリハビリテーション用医療機器であることです。
上の写真を見ると、患者さんがVR用のヘッドマウントディスプレイを装着していますね。
これだけを見ると、まるでゲームでもしているような印象を受けます。
そうですね。
でも、この中に開発者が意図した、医療機器としての様々なノウハウが備わっているのです。
これについては、後でゆっくりと解説しますね。
mediVRカグラは脳の神経可塑性を刺激
医療機器であるというもう一つの理由は、mediVRカグラが脳の可塑性を刺激し、脳内の情報伝達処理過程を整理するということです。
脳の神経可塑性は、最近の脳梗塞リハビリのトピックスの一つと言えますね。それぐらい、一般的な考え方になってきました。
数十年前は、リハビリで脳の神経可塑性が高まるということは否定されていましたから・・・・
脳の神経可塑性については、実は様々な面が存在します。
それらの中でも、脳梗塞のリハビリにおける神経可塑性の中心はマップの拡張です。
リハビリテーションによる脳の可塑性の例
久保田競 「運動の神経科学」より Nudo RJ et al: Neural substrates for the effects of rehabilitative training on motor recovery after ischemic infarct
この図は、有名なNudoらによる、リハビリによる脳の神経可塑性の動物実験の結果を、久保田競という方が文献の中で引用されたものです。
リスザルでに人口的に脳梗塞を作り、リハビリ前と後での脳のマップの変化を示したものです。
リハビリ後は、リハビリ前に比べて、指や手首/前腕などの領域が拡張していることが示されています。
このような、神経の働く領域の変化が、いわゆるマップの拡張ということです。
mediVRカグラにもそのような脳の神経可塑性の変化が期待できるということなのですね。
以下に、関連する過去の記事のリンクは貼っておきます。
どうぞ、ご参考にされてください。
VRカグラのリハビリはどのように行うのか?
座位でのリーチ動作を左右交互に行う
ところで、さくら先生!
mediVRカグラとは、具体的に何をリハビリとして行うのでしょうか?
はい、ご説明しましょう。
次の写真をご覧ください。
ヘッドマウントディスプレイを装着し、両手にコントローラーを保持して座位でのリーチング動作を行う
腹 正彦「Virtual Reality技術を用いた回復期リハビリテーション医療の未来」J Clin Rehabil 第31巻・第13号:2022年11月号
前述のように、ゴーグルのようなヘッドマウントディスプレイを装着して、両手にコントローラーを持ちます。
そして、ディスプレイの中に映し出されるVR空間の中で様々な目標オブジェクトに対してコントローラーを持った手でリーチ動作を行います。
リーチ動作とは、目標に対して手を伸ばすような運動のことですね。
はい、そうです。
このリーチ動作を左右交互に行います。
姿勢は、基本的に写真のような椅子に座った座位です。
左右交互に行うことが重要なのですね?
どうしてでしょうか?
後にも説明しますが、これは人間の脳の特性を考慮して行うためです。
人間の脳は、基本的に左右対称的にできています。
それは、構造的にも機能的にもです。
もちろん、言語や利き手のように、明らかに左右の優位性が存在する機能はあります。
しかし、それ以外の大半は左右対称的と言えます。
つまり、脳梗塞後の片麻痺に行う場合、非麻痺側の身体からの情報は健側の脳に伝達されますが、それを手掛かりにして、今度は患側の脳からの情報が麻痺側の身体に伝えることができます。
なるほど、同じような左右の交互運動を用いた療法は他にもありますね。
そうですね。
mediVRカグラでは、間違っても麻痺側だけを集中訓練するような視点は持ちません。
つまり、非麻痺側上肢を拘束して、麻痺側上肢を強制使用させる、CI(Constraint-Induced movement therapy)療法のような考え方とは違うということですね。
代償動作がわずかに見られる程度の身体負荷をかける
このような、左右交互のリーチ動作の中でのポイントはあるのでしょうか?
それは、バランスにおける代償動作がわずかに見られる程度の負荷量とすることです。
身体に障害がある患者さんのリーチ動作は、リーチの範囲や方向によっては困難さを生じます。
このような場合、人間の身体は様々な代償動作を用いて補おうとするのです。
代償動作については、あまりにバリエーションがありそうなので、一言で説明することが難しいですね。
その通りです。
このような代償動作の観察は、良く訓練されたリハビリセラピストでなければ分からない面がありますね。
代償動作の詳細についてはさておくとして、これがわずかに出現する程度の負荷量を決めることが大事なのですね。
そうです。
そのような軽微な代償動作を伴うような範囲や方向で左右交互のリーチ動作を行います。
それにより、脳が自動的に全身のアライメントを調整して、みるみるうちに代償動作が消失します。
なるほど、それは凄いですね。
適切な負荷量の中で、脳が自動的に姿勢や筋肉の緊張を整えるのですね。
そう考えてみると、mediVRカグラは、従来からのファシリテーション技術なども踏まえた上で発展させているような印象を受けます。
ファシリテーション技術については、是非、以下の記事も参考にしてください。
脳梗塞リハビリとファシリテーション|神経生理学的治療と運動促通
全身の関節連関に注目
mediVRカグラの実践について、もう一つご説明します。
それは、全身の関節連関という視点です。
少し特異な表現ですが、全身の姿勢・運動パターンという視点に近いのでしょうね。
セラピー的に、ある関節や筋活動を調整した結果として、他の身体部位に代償性や筋緊張の増加が生じる場合があります。
多分、そのような視点なのでしょう。
おおよそ、そうだと言えます。
これは、姿勢やバランスに注目してリハビリを行っているセラピストにとっては、非常に一般的なことです。
mediVRカグラの実践には、そのようなセラピストの観察力が必要ということになります。
VRカグラのリハビリの3つの特徴
身体を見せない
では、次にmediVRカグラの3つの特徴についてお話ししましょう。
先ず、一つ目は、「身体を見せない」ということです。
それは、どういうことですか?
つまり、mediVRカグラでは、VR空間の中に患者さんの身体を表示しないということです。
一般的なVR機器では、VR空間の中にプレイヤーの手のイメージなどが表示されることがほとんどです。
次の図をご覧ください。
VR空間の中に患者さんの身体を表示しない
腹 正彦「Virtual Reality技術を用いた回復期リハビリテーション医療の未来」J Clin Rehabil 第31巻・第13号:2022年11月号
これは、実際に患者さんから見えるVR空間ですね。
はい。
このように、mediVRカグラでは、コントローラーと目標となるオブジェクトの2つだけが表示されます。
それは、どうしてですか?
その理由は、次にご紹介する点推移と関連します。
点推移
今、申し上げたように、mediVRカグラでは、VR空間には、コントローラーと目標となるオブジェクトの2つのみしか表示されません。
そして、これらを重ね合わせることを点推移といいます。
この点推移により、脳内空間の中に身体運動のイメージを明確に生成することが可能となるとされています。
VR空間が脳内空間に投影されるようなイメージなのでしょうか?
確かに、我々には、身体図式や身体像と呼ばれるような脳内で形成される内部空間のようなものがありますね。
その辺りは、いつか開発者の、原 正彦 先生に質問してみたいですね。
この、点推移を行う場合に重要なことがあります。
それは、点推移では、特に奥行き方向に関する空間座標の指定が重要となるため、VR空間では目標オブジェクトは固定されているか、垂直方向にしか動かないという特性があることです。
このような特性により、通常のリーチ動作では働かせにくい体幹深層筋の収縮が得られやすくなると、原先生は述べています。
多感覚生体フィードバック
mediVRカグラの3つめ特徴は、多感覚生体フィードバックを用いることです。
動作達成時のみに、視覚、聴覚、触覚に同時に刺激を与えるような多感覚生体フィードバックの機能を実装しています。
これにより、脳の学習を極めて効率的に行えるということです。
VRカグラのリハビリのSCCT
体性認知協調療法(SCCT)とは
mediVRカグラを使ったリハビリは、正式には体性認知協調療法(Somato-Cognitive Coordination Therapy SCCT)、あるいは脳再プログラミング療法と言います。
ここでは、SCCTで統一してご説明したいと思います。
前述の繰り返しになりますが、SCCTは、原則的に、「座位」で実施し、必ず「左右交互」にリーチングを促します。
片麻痺であっても、麻痺側と非麻痺側の両方を交互に実施することで、健側脳をリファレンスとして患側脳が活性化することを目指すものです。
VRはこれまでの医療では特殊な領域ですが、理論や実践のお話しを聞いていると脳生理学の原理に見合ったものという印象をいだきます。
左右交互のアプローチ、バランスや体幹を重視する、多感覚の生体情報をフィードバックに用いるなど、これまでの脳梗塞リハビリの考え方と共通するものを感じます。
その通りですね。
ただ、mediVRカグラを用いたSCCTの対象は、脳梗塞などにとどまらず、整形外科や小児科などの多領域での活用が可能とされています。
対象疾患を限定しないという点においては、新しいと言えるかもしれません。
一次運動野の新しい脳地図
SCCTの理論的根拠を考える上で、非常に重要なことをご説明したいと思います。
それは、2023年に発表された一次運動野の新しい脳地図についてです。
一次運動野の新しい脳地図
Gordon EM, et al. A somato-cognitive action network alternates with effector regions in motor cortex. Nature. 2023 Apr 19.
左図は、従来からのもので、右図が2023年に報告された新しい脳地図です。
左図は、これまでの常識的なものです。
一次運動野や一次感覚野では、このような明確な体部位局在性が存在することが知られています。
もちろん、新しいマップでも、体部位局在性は存在します。
ただ、それが旧来とは少し異なることが報告されています。
新しいマップでは、手、足、口等の基本領域が身体の遠位部を中心に同心円状に分布している点と、各境界領域に協調運動を調整するための体性認知行動ネットワーク(Somato-Cognitive Action Network, SCAN)が存在している点が指摘されています。
このメカニズムについては、今後も様々な解釈がなされるのでしょうね。
特に体性認知行動ネットワークの存在については、これまでの常識では考えられないことです。
つまり、これまでは、高次の運動連合野で行われていると考えられていた情報処理が、実は一次運動野のレベルでも行われているということが言えるのではないでしょうか?
そうですね。
そして、これがSCCTの理論的根拠に大きな影響を与えることにもなっています。
SCCTの理論的根拠
SCCTの理論的根拠のイメージは、脳と身体の情報伝達ネットワークの絡まりを顕在化させ、紐解くというものです。
つまり、一次運動野のSCANの異常にアプローチするという考え方です。
次の図をご覧ください。
脳と身体の情報伝達ネットワークの模式図(左:健常者、右:患者)
腹 正彦.仮想現実(VR)技術を用いた新しい転倒予防.治療2023;105:1270-1275
SCCTでは、右図のように絡まった情報伝達ネットワークを正常に戻すことを意図しています。
座位でのリーチ動作に限局した課題についても、前述にような脳の神経可塑性の一つと言える情報伝達ネットワークを調整する立場から考えると受け入れられるように思います。
リハビリのおける他の要素である、例えば筋力や日常生活動作の訓練などはこれとは別に行えば良いのですね。
脳を中心とした神経科学の発展は急速なものがあります。
従来の常識も、時間が経つと覆される可能性もあります。
そのような意味においては、mediVRカグラやSCCTの概念もさらに解明されて行くのでしょう。
VRカグラのリハビリの応用可能疾患
最後にmediVRカグラを用いたSCCTの応用可能疾患についても触れたいと思います。
VRカグラの応用可能疾患
原 正彦.ゲームが作る患者の未来ーリハビリにおけるVRゲーム技術の応用ー.日臨麻会誌.2022;42:106-110.
脳や神経の疾患だけでなく、小児科や精神科へも応用が可能ということは少し驚きです。
このように、幅広い領域へ使用が可能な背景には、VRの応用という特殊な理由もあります。
つまり、アフォーダンス的に、子供や知的障害を伴うようなケースにおいても興味を持ちやすいということがあるのでしょう。
アフォーダンスとは、環境により誘い込まれてしまうようなことを指しますね。
たしかに、VRの機器は、子供でも大人でもやってみようかという気持ちにさせられる側面があります。
では、各領域における応用可能疾患の例を挙げてみましょう。
脳神経内科/脳神経外科
- 脳梗塞/脳出血
- 失調/片麻痺/半側空間無視
- パーキンソン病/多系統萎縮を伴う神経変性疾患
- 高次脳機能障害/認知症
- 水頭症や脳腫瘍(術後)
- 内耳機能障害(慢性めまい症等)
整形外科
- 股関節疾患(術後)
- 膝関節疾患(変形性膝関節症)
- 肩関節疾患(肩関節周囲炎等)
- 脊髄損傷/脊髄梗塞
- 腰椎圧迫骨折/腰痛
- リウマチ関連疾患
小児科
- 脳性麻痺
- 発達障害
- 注意欠如多動性障害
麻酔科(ペイン)
- 脳卒中後中枢性疼痛(CPSP)
- 複合性局所疼痛症候群(CRPS)
- 慢性疼痛
- 繊維筋痛症
- 神経因性疼痛
精神科(抑うつ)
- うつ病
- 統合失調症
- 不安障害
腫瘍科(各種癌リハ)
- 抗がん剤関連の副作用
- 廃用症候群/サルコペニア
- ケモブレイン
- 末梢神経障害
- 手術関連後遺症
- ステロイドミオパチー
いろいろな疾患への応用が可能なのですね。
下線は、特に応用が進んでいる疾患です。
今後の更なる展開に期待したいですね。
さくら先生
大変勉強になりました。
是非、一度取り組んでみたいです。
VRカグラによるリハビリ|ゴーグルを付けて本格的医療機器に触れるのまとめ
VRカグラはリハビリ医療機器のまとめ
mediVRカグラは、仮想現実(VR Virtual Reality )技術を応用したリハビリテーション用医療機器です。
mediVRカグラは脳の可塑性を刺激し、脳内の情報伝達処理過程を整理することが期待できます。
VRカグラのリハビリはどのように行うのか?
mediVRカグラの使用時は、ゴーグルのようなヘッドマウントディスプレイを装着して、両手にコントローラーを持ちます。
そして、ディスプレイの中に映し出されるVR空間の中で、様々な目標オブジェクトに対してコントローラーを持った手でリーチ動作を左右交互に行います。
VRカグラのリハビリの3つの特徴のまとめ
mediVRカグラには、3つの特徴があります。
- 身体を見せない
- 点推移
- 多感覚生体フィードバック
VRカグラのリハビリのSCCTのまとめ
mediVRカグラを使ったリハビリは、正式には体性認知協調療法(Somato-Cognitive Coordination Therapy SCCT)、あるいは脳再プログラミング療法と言います。
SCCTの理論的根拠を考える上で非常に重要なことは、2023年に発表された一次運動野の新しい脳地図の存在です。
VRカグラのリハビリの応用可能疾患のまとめ
mediVRカグラの応用可能な範囲は、脳や神経の疾患だけでなく、小児科や精神科へも及びます。