目次
リハビリ難民の現状とは
モヤイ教授!
今日もご講義をおねがいします!
わかりました!
今日は、リハビリ難民問題についてお話しましょう。
リハビリ難民問題!
たしかに、よく聞く言葉です。
病院のリハビリ日数に限りがあることから、しばしば使われる印象です。
ただ、歴史的な背景はあまり良く知りません。
最初に、リハビリ難民という言葉が使われたのは、もう17年も前の話です。
若いスタッフが知らないのも無理はありません。
ただ、脳卒中の患者さん達にとっては、現在も大きな影響を受けている面があります。
詳しくお話しましょう。
よろしくお願いします!
2006年リハビリ難民問題とは
リハビリ難民問題とは、2006(平成18)年度の診療報酬改定を発端に起こりました。
2005(平成17)年度までは、リハビリの診療報酬に期間的な制限はありませんでした。
例えば、数年にも渡って入院や通院をしていたとしても、毎日のようにリハビリを受けることができていました。
しかし、この年から、リハビリには疾患ごとにリハビリ日数に制限が定められることになったのです。
脳卒中については、180日が標準日数と定められました。
そして、この決まりは今日も継続し、基本的に患者さんは少しでも早期に医療リハビリの終了を求められる状況です。
このリハビリ日数制限については、多くの著名人からも厚生労働省への批判の声がありました。
例えば、元東京大学名誉教授の多田富雄氏(1934年3月31日 – 2010年4月21日)は、2001年の脳梗塞発症後の闘病生活の最中、2006年にリハビリ日数制限問題に直面しました。
当時の多田氏は、人口の多い東京都内の事情などにより、ただでさえ十分なリハビリが受けられなかったと感じていたことに加え、合併症への手術によりさらに身体機能が後退したと感じつつも懸命に努力をされていたところでした。
多田氏の症状は、完全な右半身麻痺に加えて言語機能や嚥下機能まで侵されていたそうです。
長年、日本の最高学府にて教鞭をとってきた氏にとっては、立てない、利き手が使えない、言葉が出ないなどの状況は、正に自分の存在を全否定されたようなものだったでしょう。
さらに、嚥下障害により食物が満足に食べられないことも考えれば、生存権までもが危うい状況と言っても過言ではありません。
多田氏のような境遇の多くの患者さんたちを無視して、導入されたのがリハビリ日数制限であり、それにより多くの人が声を上げたことがリハビリ難民問題です。
多田氏は、免疫学者として執筆の片端で、自身も当事者としてリハビリ難民問題を訴える内容の本を出版されています。
脳梗塞を患った免疫学者 多田富雄 氏の著書
多田富雄 「わたしのリハビリ闘争」 青土社
リハビリ難民問題とリハビリ日数制限
次の図は、2006年度の診療報酬改定により定められた
各疾患別のリハビリ標準算定日数です。
図のように、医療保険内の疾患別リハビリには、それぞれに標準算定日数が定められており、最も長い脳血管疾患でも180日です
その他は、運動器疾患と心大疾患が150日、廃用症候群は120日、呼吸器疾患は90日と決まっています。
この中で、所謂リハビリ難民問題の中心として論議されたが脳血管疾患です。
何故、他の疾患よりも脳血管疾患がリハビリ難民問題の中心となったのでしょうか?
お分かりの方も多いと思いますが、脳卒中などによる脳血管疾患では様々な後遺症が問題となります。
片麻痺などの運動麻痺以外にも、感覚障害、様々な高次脳機能障害、言語障害など、脳の病巣に応じて多彩な後遺症が現れます。
脳卒中の基本的な症状は以下の通りです。
<脳卒中の後遺症>
- 片麻痺(運動・感覚) 左右半身の運動や感覚の麻痺
- 運動失調 上下肢や体幹などが動揺して正確な運動が困難。バランス障害や言語症も伴う。
- 構音障害 口などの発声・発語器官の運動麻痺による言語障害
- 失語症 脳の言語中枢の病巣により生じる様々な言語障害
- 失行・失認 脳の頭頂葉など病巣を中心として生じる行為の障害や認知の障害。
- 高次脳機能障害 脳の前頭葉の病巣により生じる、記憶障害や注意障害、遂行機能障害など。
- 半盲などの視野障害 脳の後頭葉の病変により生じる、視野の障害。
失行や失認、高次脳機能障害については、
脳梗塞による高次脳機能障害|失行失認へのリハビリテーションとは?や
リハビリによる高次脳機能障害の回復事例|失行失認へのアプローチ
などの記事でも解説しています。
どうぞ、ご参照ください。
脳卒中などの脳血管疾患では、以上のような多彩な症状があります。
しかし、リハビリにより手間や時間がかかるのには、他にも理由があります。
それは、多分、脳の働きの複雑さと関係があるのでしょう。
その通りです。
脳とは、数百億〜1000億個の神経細胞からなります。
それらがシナプスと呼ばれる神経同士の結合を持ち、その数は莫大と言われています。
そして、それらの細胞は脳卒中などでダメージを受けると死んでしまいます。
一度、死んだ脳細胞は二度と甦りません。
リハビリを行っても、死んだ脳細胞自体は生き返らないのですね。
そうです。
では、何故、リハビリにより様々な機能が再獲得できるのかということが疑問だと思います。
実は、リハビリなどによる脳への刺激は、一度死んだ神経細胞に対して、バイパスを作るような作用があります。
それまでの神経伝達の流れに変わる新しい神経同士の繋がりを再構築するのです。
これを脳の機能再編などといいます。
やはり、脳は複雑ですね。
例えば、骨折であれば、折れた骨がつながるように治療をして、再び同じ形態に戻れば、リハビリにより機能が再獲得できます。
脳の場合は、新しく神経のネットワークを作り直す必要があるのですね。
そうなんです。
脳が新たに機能を再編することを、脳の可塑性とも言います。
リハビリで脳の可塑性を追求することは、日本ではやや特殊な分野という位置付けです。
しかし、海外では、例えば「stroke(脳卒中) plasticity(可塑性)」で論文サイトを検索すると多くの論文が ヒットします。
実は、それぐらい脳血管疾患へのリハビリは難しく、それ故に注目されているものなのです。
そのような難しさを含む脳血管疾患へのリハビリにも、他の疾患と同様に日数制限が導入されたのですね。
きっと、当時は波紋を呼んだのでしょうね?
もちろんです。
テレビなどのマスコミでも取り上げられました。
日本の理学療法士協会や作業療法士協会なども、当然反対の意向を示していました。
しかし、残念なことに、半年間の猶予期間を経て正式に導入された後は、そのような反発も次第にフェードアウトした印象です。
何故なのでしょう?
詳しくは、よく分かりません。
ただ、新制度が導入された後は、どの医療機関も収入減を避けるために真剣に取り組む必要がありました。それは、仕方の無い面もあったのです。
しかし、現在も未だその影響を受けている患者さんが存在することは事実ですね。
リハビリ難民の現状と日本経済
日本経済の低迷と医療構造改革
しかし、何故そのような強引な形がとられたのでしょうか?
はい、それには日本の様々な国家的な問題が背景にあったのです。
リハビリ日数制限が導入された2006(平成18年)には、医療構造改革を謳って診療報酬改定が実施されました。
その際の改革大綱には以下のような記載がありました。
急速な少子高齢化、経済の低成長への移行、国民生活や意識の変化など、大きな環境変化に直面しており、国民皆保険を堅持し、医療制度を将来にわたり持続可能なものとしていくためには、その構造改革が急務である。
医療制度改革大綱
平成18年度医療制度改定関連資料
少子化や経済問題をはじめとした、色々な問題に言及していますね。
具体的な柱は、以下の3点です。
- 安心・信頼の医療の確保と予防の重視
- 医療費適正化の総合的な推進
- 超高齢社会を展望した新たな医療保険制度体系の実現
特に❷の医療費適正化の総合的推進については、「医療費について過度の増大を招かないよう、経済財政と均衡がとれたものとしていく必要がある」と説明されています。
医療費増大の抑制ですね。
このころの日本経済はどんな局面だったのでしょうか?
当時を振り返った、内閣府の資料にはこう書かれています。
政府は2001年度から2004年度を「集中調整期間」として、不良債権処理を中心とした負の遺産の清算に取り組んできた。これに続く2005年度から2006年度については、これを「重点強化期間」として、新たな成長基盤を重点的に強化していくことを優先課題として構造改革を加速・強化してきた。
2006(平成18年)の経済について
内閣府 日本経済2006
構造改革という言葉は聞いたことがあります。
リストラという言葉が流行りだした頃なんですね?
そうですね。
丁度、小泉純一郎 政権のころでしたね。
リハビリ難民問題やリハビリ日数制限が社会問題となったのは、正にその頃ということになります。
日本はいつから経済大国ではなくなったのか?
日本は経済大国と言われていましたが、最近はそんな感じは無くなったようです。
2006年頃からその兆しはあったのでしょうか?
この頃を中心にして、日本の経済がどのように凋落し始めたのかを端的に示す資料があります。
1995~2015年までの20年間の名目GDP成長率
藤井研究室 藤井聡京都大学教授提供資料より
これは、1995〜2015年までの20年間の世界各国のGDP(国内総生産)の成長率のグラフです。
小さい字で、少し見づらくてゴメンなさい。
ずいぶん小さい字ですが読めます。
日本は、最下位なんですか???
初めて見る方はショックを受けるかもしれません。
しかし、これは事実です。
日本は、過去20年以上もの間、経済成長を忘れた国になっています。
そして、世界的に見て、それは非常に特殊な状況かもしれません。
日本以外の全ての国は、経済成長をしています。
GDP世界1位のアメリカでさえ、世界平均に近い成長率です。
日本だけが、マイナス成長なのはどう見ても異常だとしか言えません。
最近は、日本でも貧困という言葉が良く聞かれますが、2006年時点でも、既にこのような状況が進行しつつあったのですね。
結局、リハビリ難民問題も、このような日本の経済問題の一環として生じたのですね。
良く言われる、弱者切り捨てなんでしょうか?
もちろん、政府や官僚にの中にも良心的な気持ちを持った人はいるでしょう。
しかし、このような経済低迷期に、日本政府が失策とも言えるような政治をした証拠があります。
それが、下の図です。
一般会計における歳出と歳入
財務省資料 一般会計税収、歳出総額及び公債発行額の推移
1995〜2015年までの間に、2回の消費増税を行った他、プライマリーバランス黒字化という経済方針を打ち出しています。
プライマリーバランス黒字化とは、国家の財政運営を国民からの税収だけで行うというものです。
つまり、国債を発行しないという方針なのです。
このように、政府支出を抑制した財政運営のことを緊縮財政といいます。
増税をはじめとした緊縮財政が経済成長のブレーキになったのですね。
日本経済は、内需主導型と聞いたことがあります。
増税すれば、国民がお金を使わなくなり、市場に回るお金が少なくなり経済が停滞するということですね。
「日本は国債残高により、世界一の借金大国」というような話を聞いたことがあります。
やはり、日本は借金大国なんでしょうか?
そんなことはないと思います。
日本の国債の海外保有比率は非常に低く、日本は外国に借金している訳ではありません。
次のようなデータもあります。
財政支出伸び率とGDP伸び率の国際比較
島倉 原 ツイッター
1997年〜2013年の、各国の財政支出の伸び率とGDPの伸び率の相関を表した図です。
財政支出の伸び率とGDP伸び率には、高い相関性があります。
日本以外の国々は、財政支出の伸び率に応じてGDPを伸ばしています。
日本だけが、財政支出を増やさず、GDPも増えていません。
日本は、国債による財政支出を抑制した結果、経済成長が出来なくなってしまいました。
日本の経済問題は、2023年の現在においても深刻化しつつあります。
その結果が、医療や介護だけでなく、少子化や人口減少などの問題にも拍車をかけていると言っても良いでしょう。
リハビリ難民の現状打開策とは?
介護保険がリハビリ難民救済にならない理由
国の経済成長の問題が解決しない間は、リハビリ難民問題は続くと考えた方が良いでしょう。
もちろん、国も医療制度以外にも、介護保険サービスを充実させるなどの取り組みは行ってきました。
私は、介護保険制度自体は非常に優れたものだと思います。
多くの要介護者高齢者が、この制度によって救われている面があります。
ただ、介護保険のリハビリが、脳卒中などによるリハビリ難民の方々にとって力強い解決策になっているか?と言われると不十分な面もあると感じます。
介護保険リハビリでは、片麻痺などの運動機能の回復そのものよりも、日常生活上の諸動作の自立や社会参加の促進などに比重が置かれます。
そのため、リハビリ時間も入院時のように2時間〜3時間という長時間ではなく、平均20分間というものです。
内容も理学療法士などによる個別のリハビリよりも、集団での体操や自主訓練、生活動作の中での自立支援などにより比重が置かれます。
また、介護保険リハビリの課題はそれだけではありません。
介護保険リハビリの中心となるのは通所リハビリテーション(デイケア)ですが、その施設数には限りがあります。
下の図は、平成19年〜令和元年までのデイケアの事業所数の推移を示したものです。
平成19年〜令和元年までの通所リハビリ事業所数の推移
デイサービス・デイケア運営サポートセンター
高齢者が激増した割には、デイケア事業所数はそれほど増えていないことが現状です。
因みに、通所介護(デイサービス)は、デイケアの5倍程度あります。
デイケアとデイサービスの違いは、理学療法士などのリハビリ専門職の配置義務の有無です。
つまり、介護保険の通所サービスにおいては、リハビリ専門職が不在のデイサービスの方が主体ということなのです。
これでは、脳卒中発症後180日間程度で回復期リハビリなどを終了した利用者にとっては、介護保険のデイケアが必ずしも頼りになるとは限りませんね。
先ほども言いましたが、介護保険そのものは良い制度です。
多くの高齢の要介護者にとっては、デイケアやデイサービスは満足度の高いサービスと言えます。
しかし、脳卒中などの回復期リハビリ後へのリハビリ提供機関としては課題があります。
特に、まだまだ機能向上の途上にあり、意欲も高いような患者さんでは満足できな面があると思います。
自費リハビリをどのように利用するか?
しかし、現状では、医療リハビリが日数制限で利用できなくなった場合は、介護保険のデイケアなどしか個別リハビリの場が残されていないことが実情です。
都市部では、多くの施設があり比較もできるでしょう。
しかし、地方では、施設数にも限りがあり、そもそも通える範囲には限度があります。
そのような場合は、もう回復を諦めるしかないのでしょうか?
それでは、文字通りリハビリ難民になってしまいます。
都市部でも地方でも、望むようなリハビリの場が無いという可能性は高いでしょう。
緊縮財政の日本では、公的制度を頼ることには限界があると言わざるを得ません。
そこで、提案できることがあります。
それは、保険外の自費リハビリのサービスの利用を検討することです。
保険外リハビリは、まだ十分普及しているとは言えません。
また、当然ですが、医療や介護の保険が使えませんので、費用が割高であることは否めません。
また、事業所により、内容や費用にばらつきがあることが現状です。
ただ、何処の事業所にもほぼ共通して言えることがあります。
それは、リハビリ時間はデイケアなどよりも長く確保していることです。
60分間から90分間というところも珍しくありません。
しかし、そもそも、近隣になければ利用することができません。
自費リハビリの費用の相場とは|有名脳梗塞自費リハ事業所を徹底比較 という記事の中で全国と福岡県の自費リハビリ事業所の状況をご紹介しています。
是非、一度ご参考にしていただければと思います。
自費リハビリの内容や質は、介護保険のデイケアなどと比べていかがでしょうか?
一概には言えませんが、介護保険のような日常生活上の諸動作の自立や社会参加の促進などよりも心身機能の改善に重点を置いている事業所の方が多いと思います。
詳しくは、事業所に直接確認した方が良いと思います。
また、一般的に体験プログラムが準備されていると思います。
一度、体験利用をすることをおすすめします。
とても良くわかりました。
モヤイ教授、ありがとうございました。
リハビリ難民の現状が現在も無視されつづける本当の理由 脳卒中編のまとめ
リハビリ難民の現状とはのまとめ
リハビリ難民問題の発端となったのは、2006年度の診療報酬改定により定められた、各疾患別のリハビリ標準日数の創設です。
このリハビリ日数制限については、多くの著名人からも厚生労働省への批判の声がありました。
リハビリ難民の現状と日本経済のまとめ
リハビリ難民問題の背景には、世界的に見ても低成長な日本経済の影響があります。
2006年には、医療構造改革の名の下に、様々な医療費削減が行われました。
リハビリ難民の現状打開策とは?のまとめ
介護保険は優れた制度ですが、リハビリ難民の受け皿としては十分ではありません。
デイケアなどの介護保険リハビリが物足りないと感じる場合は、保険外の自費リハビリの利用の検討をおすすめします。